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文氏のガールフレンド:当事者証言

 

「龍明小説2」で何度も参考サイトとして挙げた英文記事の日本語訳(一部)です。


内容はだいぶ小説のネタとして使わせていただきましたが、豪直球情報や、現役さんが「まさかぁ」とショックに思うはずの内容も残っているので、ここに翻訳しておきます。


一般に、当事者や関係者が話を盛って証言することもあるでしょうが、さてこれはどうか。

朴サムエル氏やその母などによる、文氏の血分け華やかなりし50年代のハナシなどを思い起こすと、この朴ウルリョン女史の証言は大方合っているのではないかと思ますが・・・・


 みなさん、自己責任で、判断してください。




 <翻訳はじめ(敬称略)>

Moon had a girlfriend in 1941
https://tragedyofthesixmarys.com/moon-had-a-girlfriend-in-1941/

文鮮明には少なくても41年にガールフレンドがいた。彼女が文を金百文に紹介した。

文はソウルの 明水台イエス教会時代に、ガールフレンドがいた。
名を朴雲女(パク・ウルリョン)といい、彼女は写真の中の自分自身を特定して、自らの手で×印を書いてくれた。
この写真は、下の写真の一部を拡大したもの。

キャプチャ1

キャプチャ2
▲ 文は最前列の左から3番目に写っている。


朴ウルリョンは1990年代初頭のインタビューで、文鮮明と一緒にいた時期のことについて語ってくれた。

1941年2月27日のイエス教会卒業時の集合写真を見た時、彼女は明らかに引寄せられ、記憶が流れ出て来るようだった。
何か隠されたものが表に出てくるような感じがあった。

焼き増し写真をあげますよと言ったら、彼女は喜んだ。
その時彼女は70代で、ソウルで貧しく暮らしていた。

1941年にイエス教会を卒業してから1ヵ月後、彼女と文鮮明は留学のために一緒に日本へ渡った。
彼らは3月31日に釜山から同じ船に乗り込み、翌日日本に着いた。
彼女は日本語を学ぶために東京に行ったので、とても流ちょうに日本語をしゃべる。

ソウルのイエス教会で一緒にいた時も、東京で2人が学生をしていた時も、文は典型的な学生だった、と朴は語った。
彼は人より多く勉強するわけでもなく、際立って多く祈祷するわけでもなかった。
彼は、喫茶店などへ行って、1941-1943当時、日本に普通にいたような学生の生活を送っていた。

文はメシアであることについて一度もしゃべらなかったし、同様にイエスと何か特別な体験をしたことも一切言わなかった。神についても多く語らなかった。
(山口浩も、文のソウル時代の同級生に取材し、当時文は宗教的ではなかったことが分かったと述べている。「原理運動の素顔」P134)

(略)

文は日本滞在時、朝鮮の民族運動または他の何かで警察に逮捕されたことは一度もない、と朴ウルリョンは言った。(下の渡辺氏の記録もみて下さい。文が拘束されたと語った場所に警察署がなかったことを調査確認。*日本語訳では省略)

(略)

朴は文と一緒に日本を去ったのではなかったらしい。
彼女は韓国へ帰った後、ソウルの金百文のメシアグループ、イスラエル修道院に入った。

1945年の秋、文に金百文を紹介したのは朴ウルリョンだった。その頃、文の妻の崔ソンギルは妊娠しており、翌年4月2日に文聖進が生まれた。
朴ウルリョンが文と会ったのは1946年が最後だった。


1990年代も朴ウルリョンは、金百文が待望のメシアであるとまだ確信していた。

インタビューの時、彼女は使い込んで手あかのついた聖書を取り出して、後に文が我こそ再臨主であると証明するために用いた箇所と全くすべて同じ箇所の聖句を引用して、金が来たるべき再臨主であることを説明した。

明らかに文は、金から考え方の多くを手に入れたと見える。

金百文は1917年生まれで、歴史の同時性を開発したのは彼だった。それによって、ルターの宗教改革(1517)の400年後に生まれた金がメシアだと証明したのだ。(文は1920年生まれ

キャプチャ5

朴は金百文を理想的父親像として見上げているように見えた。
彼女は金百文が戻って来ると期待していると説明した。

文は金百文の教団で時を過ごした後、宗教指導者になるというアイデアに興味を持つようになっただけだと彼女は強調して言った。

文は、金の信者が1946年にどのようにして金をより深く愛し慕うようになったかを見たのだ。

その年の3月2日、金百文は京畿道のガンサン山でイエスと会うという体験をした。
イエスは11時から正午まで一時間現れた。

このことは野外礼拝中に、33人の篤信信者の前で起こった。


文は金の教団に1946年6月までいた。
金が韓国に新しいイスラエルを打ち立てるためにイエスに召命されたことを文は聞いている。

金はその目的のために、彼の神学を体系化し始め、1954年、1958年と1970年に、3冊の本を出版した。
金の教会では、1946年が成約時代の始まりの年だとされている。


文が10代の頃にイエスと会ったと主張していることについて言うなら、それはわかっていない(目撃者は誰もいなかった)。

朴ウルリョン、文の従弟たち(ソンタグ氏による)、文のソウル時代のの同級生たち(山口浩氏による)が、文からそれについて一度も聞かされたことはないと言ったのは確かだ。


キャプチャ4
▲ 朴ウルリョンと劉孝敏は仲のいい友達だ。90年代にソウルでいっしょにいるところ。


劉孝敏は礼儀正しい人で、文によって虐待された人々を本当に気にかけていた。
彼は、自分の仕事からの金を使って、様々な人々を支援した。

彼は、朴と文は恋人で、たぶん文は彼女と結婚すると約束しただろうと言った。
彼らの関係は数年間続いた。

朴は文に裏切られたと感じ、憎むようになったことは明白だ。

文は女性を操ることにかけては非常に巧み(clever)だと彼女は言った。

朴正華もまた、文と朴ウルリョンは恋人同士だったと言った。

朴正華と劉孝敏の両名はまたそれぞれ別の時に、‘ 文が金百文の信者の女性と性関係を持ったので、金は文にイスラエル修道院を去るように頼んだ ’ と言った。 その女性が朴ウルリョンだったかどうかは定かでない。

(英文記事では、このあと各種資料や根拠となる文氏の御言葉などが続くが、日本語訳は略)

* 翻訳ここまで *



そもそもこの文章は誰が書いたのか(=誰がインタビューをしたのか)、記事には執筆者の名前が書いてないので、しばらく怪しんでいたところ、ピンと来た。
パスカル・ズィヴィー氏に違いない。内容と文章で分かる。ようになった。
彼は韓国に行っていろいろ話を聞いて調べたと言っているし、間違いない。


参考: パスカル・ズィヴィー  インタビュー動画と解説
https://tragedyofthesixmarys.com/where-moon-got-his-theology/
(金百文が書いたという、原理講論にある歴史の同時性のことも詳しく述べている)
これも参考:
https://howwelldoyouknowyourmoon.tumblr.com/post/107628107973/the-divine-principle-parallels-of-history


90年代にインタビューしたものがなぜ最近(数年前)になって出てきたのか?
拉致監禁説得資料として極秘にされていたものなのか? 
朴ウルリョン女史や遺族が亡くなって公表するようになったのか?
それとも私が知らなかっただけなのか。
謎は残る。


パク・ウルリョン(朴雲女)の名前は、統一教会史の文書では、龍明が会いに行く平壌の神の夫人の偽名として使われているので、朴ウルリョン女史が成し遂げられなかった使命を、平壌の神の夫人が引き継いだと龍明は考えたのかもしれません。





この記事を参考資料とした龍明小説
『龍明小説2-3』
『龍明小説2-6』
『龍明小説2-9』
『龍明小説2-12』
『龍明小説2-16』
『龍明小説2-19』
など



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コメント

はっきりしたこと
文鮮明氏は人間のタイプとしては宗教者ではなく、もともと宗教・思想・人文・ドシロウト。そのかわり他のことではやり手感覚はあったと。

信者は、文鮮明と金百文を混合したような存在をイメージに描いて、それをピラミッドの頂点におし頂いて崇めていたようなものでしょう。
それは幻想です、存在しません。
一人一人なら存在します(存在しました)。

幻の何かを頂点(上)にたてて依存するピラミッド型(△型)の精神構造ではなく、誰が上でも下でもなく一人一人が自律して、一人の得意なことを他の人の役に立て合う循環型(○型)社会の精神構造を! ということですね。
日本はもともと循環型の社会だったはずです。


神々の黄昏さんコメントより:
>中でも、銀百文が再臨のキリストを自称するようになってから、信徒たちの彼に対する態度が一変し、その変わりようを文龍明青年がしっかり観察し、様々なことを学習したという指摘は瞠目すべき内容です。

>おそらく、その頃が再臨主・文鮮明の構想が出来上がった時期だろうと思います。


朴ウリョン証言より:
>文は金百文の教団で時を過ごした後、宗教指導者になるというアイデアに興味を持つようになっただけだと彼女は強調して言った。

>文は、金の信者が1946年にどのようにして金をより深く愛し慕うようになったかを見たのだ。
ショックすぎて反応できない
>明らかに文は、金から考え方の多くを手に入れたと見える。

>(金百文は1917年生まれで、歴史の同時性を開発したのは彼だった。それによって、ルターの宗教改革(1517)の400年後に生まれた金がメシアだと証明したのだ。(文は1920年生まれ)


金百文は文鮮明より10歳以上年上だ、なんて書いているのは統一教会だけで、あとは皆さん1917年生まれだとおっしゃっています(日本人向けアピール)

同時性については、朝鮮語ができて、金百文の著書を読破すれば、根拠が分かるのでしょうが、
ネット上にある、金百文著書の目次(日本語訳)を見ても、どこに同時性が含まれているのか分かりません。

パスカル氏の他の記事によると、
元金百文信者が統一教会の36家庭の中に複数人いて、その人達がこの事を大っぴらに言っているそうです。
また彼らは、「同時性を考案したのは金百文だが、文先生はそれを世界レベルにして広めた。そこが重要なのだ」とも言っているそうです。
同時性は、個人レベルも世界レベルも関係ないレベルの問題だと思いますけどねー。

「私らはそんなこと知っていて教会にいるのよ」という古参信者のいつもの繰り言、楽屋オチで終わるようです。

色魔パクリの文鮮明
1、イエスと出会った時期のズレ。
その時々に合わせているのはどうしてかと思ったら、金百文のパクリだということで理解できました。後にくっ付けて発言しただけですね。

2、朴雲女が留学時一緒に日本に来たは、初めて知る内容でした。
丁得恩=鄭得恩=朴雲女(パク・ウンニョ)

3、文鮮明の留学時期には1941.1939の二通りの説がありましたが、1941年確定と解りました。

4、>文は日本滞在時、朝鮮の民族運動または他の何かで警察に逮捕されたことは一度もない<
日本では、毎月のように逮捕され拷問を受けたような話があったのですが、全くの嘘であると理解しました。

金百文からは、原理原本を弟子に丸写しさせていたことが、過去のネット情報から分かりましたが、イエスに出会った話もパクリだなんて~( ´艸`)爆笑
文鮮明って、根っからの大嘘付きの詐欺師パクリ師色魔だと感じました。
いったい何人の女に結婚を匂わせ「理想相対に会いたくありませんか」なんて言葉でたぶらかしたのか~( ´艸`)

暗在さん、記事を上げてくださりありがとうございます。



Re:色魔パクリの文鮮明
ナツミカンさん、
ご投稿ありがとうございます。

箇条書きで、分かりやすいですね。
アラカンになって(推測)、頭がより良くなったのでしょうか。(わ


>丁得恩=鄭得恩=朴雲女(パク・ウンニョ)

古い書籍(70年代、山口浩、荒井荒雄etc)では、教会文書の影響を受けてか、46年の平壌に同じく神の妻を自称する丁得恩と朴雲女(パク・ウンニョ)の二人がいて、文鮮明は二人と関係したように書かれていますが、

諸先輩方がその後いくら調べても、平壌の朴雲女(老女)の実体がなく、二人は同一人物で、丁得恩の偽名だろう(朴雲女という人物は実在するが「一度も北へ行ったことがない」と証言。90年代前半。今回訳した留学女のこと)
ということになったのだと思います。

丁得恩は血分けで有罪の公式記録があるから、文教会としては、反対派対策として、絶対名前を出したくなかったようで、偽名で誤魔化していたのでしょう。
ああややこしい。
嘘が多すぎて
嘘が多すぎてややこしいのです。

嘘が嘘を重ねるので、嘘だと分かっても本筋として正確には辿れないという感じでしょうか。

いやはや、文鮮明はパクリの王・・・ですわ

ホントと思っていたのが滑稽すぎます( ´艸`)大大大爆笑です。
文鮮明にどれだけの人間が貶められ苦しまされてきたことでしょう。
真実と思われることを、UPするのは文鮮明の妄想から抜け出るためには必要で、パソコン操れない人間たちにとっては操られたままかもしれませんが、調べようとする人たちの一助になればいいかと、ワタシもブログを続行中。

ちゃぬさんの記事でも分からなかったことが、暗在さんの記事で分かって来て、ありがたいことです。調べ続けて分からなかったことが「明らか」になるって気分がいいかも~~(笑)

文鮮明は、知れば知るほど極悪人すけこまし色魔・・・犯罪者です。
メシア妄想が生まれた経緯
 暗在さんの探究によって文鮮明教祖の生の人間像がかなりはっきりしてきました。とても参考になる小説ありがとうございます。
 文教祖の性格は明らかに自己陶酔型のようですが、ナルシスト、自己愛性パーソナリティ障害などが彼の性格を言い表しているようです。
 暗在さんの小説に書かれた‘事実’から文教祖が再臨のキリストと主張するようになった切っ掛けがよく分かりましたが、それらをもとにさらに推測すると、このように考えられると思います。

―無知な文龍明は金百文から受けた様々な教えに感化され、それらを信じるようになった。
 宗教家として金百文は尊敬しているものの、自己愛が強いことから教団内で低い立場にいることには満足できなかった。
 金百文が再臨のメシアを自称してからの信徒たちの態度の変化には嫉妬を感じ、自分も同じような立場に立ちたいという強い欲求が生まれた。
 科学や哲学の知識はあまりなかったが、聖書を読むのは好きで、聖書に書かれたイエス・キリストと自分を重ね合わせるようになった。
 洗礼ヨハネとイエス・キリストの関係が金百文と自分の関係のように思えてきて、自己愛が強い文氏は自分こそが再臨のキリストであると本気で思い込むようになった。

 1974年米国のマディソンスケアガーデンで行われた文氏の講演会はメシアとして世界的に勝利した大会とされています。そのビデオ映像を見るとよくわかりますが、文氏は洗礼ヨハネの使命とその失敗について、体全体を使い熱烈に訴えています。
 おそらく、文氏が自分を再臨のキリストと思い込んだのは、金百文が洗礼ヨハネの立場にある人物であると確信したためと思われます。
 性格として自己陶酔型の文氏が金百文の教えに強い影響を受け、さらに聖書にある洗礼ヨハネとイエス・キリストのストーリーに完璧に感情移入してしまったために、自分が再臨のメシアに違いないと思い込むようになったのではないかと思います。
 自己愛性パーソナリティ障害をもった血気盛んな青年が、本気で自分を再臨のメシアと思い込んでしまったために、宗教に感化されやすい依存的性格の人たちは彼が本物の再臨のメシアに見えてしまったのだと思います。

神々の黄昏さんへ
ご投稿ありがとうございます。

文氏は、洗礼ヨハネ(の使命)に相当こだわりを持っていたようですね。
参考にさせていただきます。

アメリカでのテレビ出演(71年)動画でも、文氏は洗礼ヨハネのことを言っていました。自分は洗礼ヨハネとしての使命もやったとかなんとか。誰も尋ねてないのに。洗礼ヨハネのこと誰も関心ないのに。おまえはメシアかどうか?って聞いてるんだよッと、視聴者は思っていたはずです。(わ

マディソン大会のも見てみたいものです。

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