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神の命令ナシ!?食い違う平壌行き証言


『銀のやつ 偽善者め。孤独寂寞の道/龍明小説2-17』の参考サイトの注と考察・雑感記事です。


<龍明小説2-17の参考サイト>
「ちゃぬの裏韓国日記」 
(1)人に指図されると消化不良を起こす、御言葉行方不明

たしか在韓の韓日祝福の日本人女性たちに向けた雑談で、
「どうです、韓国人の男は主体性が強くて、みなさん大変でしょう? 私なんかも韓国男の典型で、誰かに命令なんかされると消化不良を起こしてしまいます(会場わらい」

こんな感じのおしゃべりを含む御言葉をちゃぬさんがいつぞや韓国語から訳していたはずですが、たぶん主テーマと関係ない雑談御言葉なので、検索しても行方知れずです。
大したことではありませんが。



(2)思い通りにならない状況が重なり行くしかなくなって北に行った(=啓示によってではなく)、御言葉行方不明

これも主テーマからずれた雑談の一種だったのでしょう。
うる覚えですが、意味としては、
「イスラエル修道院からも追われ、義実家からも支援を断られ、妻も無理解、その頃はもう北へ行くしかない、言うにいわれぬ状況があったのですよ。みなさん、知らないでしょう・・・ですから北へ行く背後にはそういう事情があったのです」

こんな感じで、その場にいる気のおけない韓国人信者たちに向けて、説教の最後の時間に本音の吐露という雰囲気でしょうか。「ちゃぬの裏韓国日記」の数年以上もっと前の記事です。



食い違う証言
家庭連合/統一教会の修練会などでは、「文先生はコメを買いに行く途中、啓示で神から命令を受け、そのまま北朝鮮へ行った(1946年)」と講義され、教会内でもそう言い伝えられていました。

しかし「文鮮明 初期の伝記 マイケル・ブリーン著」の中で関係者の証言は、全く別の面を見せてくれます。

和訳:
金百文が北行きの列車に乗る予定の6月5日に、文はリュックサックに荷物を詰めて、妻に、米を買いに北朝鮮へ行くつもりだと告げた。15日ほど留守にすると言った。
彼は、金百文が女性修道者のナ・チェソプ他2、3名と共に出発しようと準備していた場所ムンサンまで旅をした。
彼らは列車で開城まで行った。そしてそこから (以下略


詳しくは次の龍明小説で書くことになりますが、
証言では、龍明が(半ば強引に?)金百文一行と合流、同行して平壌まで行き、同行者の実家に居候したことが読み取れるのです。

神の命令を受ける時間的余裕はなさそうですけど。
金百文一行が出発する日に偶然龍明も出発し、途中で神の命令を受け、急遽ムンサンに行き、偶然そこで合流するなどありえないでしょう。


証言者は、妻の崔サンキル(下宿家の娘のイム・ナムスクが著者の代理人としてインタビュー)と、
同行者だったナ・チェソプ(その後龍明は平壌のナの実家に1年間居候した)。
大物関係者2人です。

どう見てもこの流れは、龍明は平壌に行くことを前々から決めていたとしか思えないのですがねえ。


原文:On June 5, when Kim was to take the train north, Moon put some things in a rucksack and told his wife he was going to north Korea to buy rice.30 He said he would be away for about fifteen days.31 He traveled up to Munsan where Kim was preparing to leave with Na Choi-sup, one of the female celibates in his group, and two or three elderly women. ・・・
They took the train to Kaesong. Thereーー
https://www.tparents.org/Library/Unification/Books/Sm-Early/Chap05.htm


文鮮明(龍明)先生本人の御言葉

真の御父母様の生涯路程 2
http://furuta65.fc2web.com/001/syougairotei_2/002.html#015

先生はその時、黄海道の白川に米を買っておきました。それで、その米をトラックに積んでこようとして、行く途中、車の中で「三十八度線を越えろ!」という天の命令を受けたのです。五月二十七日に命令を受けて出発して、六月六日に平壌に到着しました。
 ある朝突然、行くべき道に出発したのです。その時、聖進が四月二日に生まれて、私が五月二十七日に出発したので、一ヵ月と少しになるでしょう。
……
神様のみ旨、命令に従って、先生はすべてのものを捨てました。
「このようなところに、神様の命令が必ずあるはずだ」ということを、私は知っていたのです。
 家庭のための道を行くのか、公的な神様のための道を行くのか。そこで、すぱっと切って「天のための道を行くのだ」と言って、神様の命令に従って北側に行ったのです。そのような峠があるのです。




同上

神様の夫人だとか、主の新婦だとか何とか、そういう人が現れて、相対的に実を結ばなければならないのです。

 解放されたその年に、先生が南にいながらシオン派、新約的エデン復帰派である金百文集団に入って、六ヵ月の間そこにいました。大韓民国の神霊的、人々と全国にすべて、通じる所です。そこで「あるおばあさんが神様の夫人だと言っている」と言って、金百文一派が嘲弄するのです。私は、その話を聞くや否や、北側に行ったのです。




天総官 文興進様 (三三-一五二、一九七〇・八・一一)
http://mmutyu.web.fc2.com/malsm/tensoukan/001.html 

北側に行っても、家に手紙一通送りませんでした。だからといって、私に気持ちがなくてそのようにしたのではありません。手紙を送れば良くないからでした。きれいに清算するのです。その過程を経ていかなければならないのです。このように、私たち統一教会員も、家庭を捨て、財産をすべて捧げながら行くことができなければなりません。




ご本人もいろいろな角度から語っておられますが、
<ある朝突然、神の命令を受けて北へ出発した>と<神の夫人の話を聞くや否や、(会うために)北側に行った>は、相容れないので、自己矛盾ともいう(笑


「このようなところに、神様の命令が必ずあるはずだ」ということを、私は知っていたのです。

なんだ、やはり前から知っていた(思っていた)んだ。
家庭を捨てて(自称)メシア行脚に出るか、(自称)メシア行脚のために家庭を捨てるか、二つに一つだ、う〜ん、神なら命令するはずだなどと考えていたのだろう。

→ 神はこのようなことを命令してもおかしくないと考え、
→ 神の命令が必ずあるはずだと確信し、
→ この状況はもう神の命令があったも同然だと思って、
   ~~この間には暗くて深い川がある、2つの別の原則を混同するなとカント先生は語っております~~
→ 客観的に「三十八度線を越えろ!」という神の命令を受けたと嘘の宣言!

に暴走したとしか思えーん!


そりゃ個人として神のことをいろいろ考えるのは自由の範疇で、有益なこともあろうが、
または、波動同期の法則で、何らかの霊的存在が寄ってきて語った(ような気がした)はアルアルかもしれないが、
神による客観命令宣言の後、結局、こうなって↓
このように、私たち統一教会員も、家庭を捨て、財産をすべて捧げながら行くことができなければなりません。


一般信者は搾取されることになります。
神(お上統一教会)からの命令があれば、いつでも、育んでいる人間関係も捨てて行かなくてはならないので、人間関係が希薄になりまーす。
朝鮮神霊集団の真似をして、ギャンギャン ヒーヒー 感情的に祈るので、また、そう祈る人が尊敬され、尊敬しないと生き残れないので、感情支配されまーす。


実際教会内では、そうできない人は、偽善者、卑怯者、下層人、アホ・バカ扱いになり、また、自分の躊躇抵抗する心を自分で裁き切って、自分で自分を虐待する、自己虐待になるのです。

自分の内面(内部自我、インナーチャイルド、ウニヒピリ、潜在意識などとも言う)に、ごめんね、本当にごめんね、もう二度としないから、大切に愛してるよ、いつもありがとうと語りかけて自己治癒すべきです。
ホオポノポノか、これ。

やぶれかぶれなようですが、これでおしまい。

結論忘れてた、神の命令、ないない。ナシだよー (^∇^)




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