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鬼畜お花畑の龍明と可愛いサンキルちゃん/龍明小説2ー2

 
『龍明小説2ー1』からの続き 


龍明小説2ー2



 サンキルが自分にゾッコンになったと見て取るや、龍明はさっさと帰途についた。

 それから昨今の内外の政情から国内にいた方がいいと判断し、満州をあきらめそのままソウルで電気技師として職に就いた。

 そうこうしているうちに、2ヶ月3ヶ月が過ぎていった。ある時、サンキルの実家がある村に住んでいる親戚がやって来てこう言った。

「おい、崔家では大変なことになっているぞ。娘がどうしてもあんたでないと結婚しないと言い張ってな、大暴れして、ほかの見合いを全部突っぱねて、両親はカンカンになって、村中に飛び火して大騒ぎしてるんだ。わしら迷惑を被っとるよ。あんた、一体どうする気だね」

龍明はモテる男はつらいよと言わんばかりにうそぶいた。
「へえ、そいつは驚いたな。僕はどっちでもいいと思っていたんだが‥‥いやまいったな」


 そうは言ったものの、さっそく次の休日に大威張りで崔家に出かけて行って、結婚の話を本決まりにして来た。

 そして職場の近くに台所と一間だけの小さな家を借りると、見合いの翌年春に結婚式を挙げ、龍明24才、サンキル21才、ママゴトのような新婚生活を始めることになった。

 最初のうちは万事うまくいっているように見えた。

 ---- 可愛い可愛いサンキルちゃん、きのうは、七輪の火がうまく起こせないと言って泣きべそかいていたっけなあ、それで僕が火の番をしてあげた。

 なんなら今夜はおかずを全部作ってあげてもいいんだぜ? 学生時代に自炊していたから僕はなんでもできる男だというんだねえ。

 可愛い可愛いサンキルちゃん、今夜もたっぷり一晩中、かわいがってやろうじゃないか、十回でも、百回でも、なんなら千回万回だって‥‥

 こんな他愛ない歌のような独り言をつぶやきながら仕事帰りの道をご機嫌で歩いた。


 交流のある元家主のリー夫人は、
「あら、あなたたち、仲がいいことったら、妬けるわね」
と軽口を叩き、2人の娘も目配せをしてクスクス笑い合っていた。


 こうして一年が過ぎた頃、妻サンキルは待望の妊娠をした。

             ***


 そんな時、
「あっ、ウリョン!」
 町でイエス教会時代のガールフレンド朴ウリョンにばったり出くわした。

(つづく)



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コメント

どなたかご存知?
最初のエピソード、文鮮明氏が崔先吉さんとお見合いした後、忙しくしてたら、崔家では娘があの人でなければ結婚しないと大騒ぎしていて村中が大変なことになっていると知らせがあった、僕はまあどっちでもよかったんですが、みたいなことが書いてある自分揚げのみ言葉が確かあったはずなのです。
現役時代に日本語で読んだっような気がします、すると70年代、80年代か。調べる気力はありません。
 私もずっと忘れていましたが、先般、文氏夜這いの件がトリガーになったのか、下意識(潜在意識)からフーッと記憶が上がってきました。夜這いあっての先吉騒ぎでしょう。
あのようないかにも朝鮮の村っぽい鬼畜エピソードが私に単独想像できるはずがありません。
潜在意識は集合意識でもあり、大きくは宇宙の記憶庫、アカシックレコードでございます、なんてな。

もし、そんなみ言葉がここにあったよーとご存知の方がいらっしゃったら教えていただきたく思います。
この辺でしょうか
「六マリアの悲劇・真のサタンは、文鮮明だ!!」
「統一教会史から抹殺された事実」を見たほうが分かり易いけど、
「真の誤父母様の生涯路程」より、・・・かなり流れが乱れてます。

http://furuta65.fc2web.com/001/syougairotei_1/006.html
略)
 私はその後、故郷を離れました。そうして、行ったり来たりしていて一年八ヵ月が過ぎて、再び故郷に行ったのです。私もそのことに関心がなかったし、その間に、その娘が嫁に行っても当然だったのです。ところが行くや否や、叔母にあたる人が、ぎゃあぎゃあ大声を出しながら、「大変なことになった」と言うのです。独り身の乙女をお前が放っておいたので、その娘は「死んでも他のところに嫁に行かない」と頑張っているから、大変なことになったというのです。家に来るや否や「行ってみよう」といって、叔母が先に行くのです。その次には、うちの村で私は話題の種ですから、叔父など五人が出発したのです。夜を明かして歩いたのです。
略)

 ところでどのようなことが起きたかといえば、妻の一番上の兄が出てきて、「私たち崔氏の門中では、結婚する前に新郎自身が訪ねてきてこのようにする法はない」と言うのです。「だから自分の門中では迎え入れることができない」と言うのです。「帰れ」と言うのです。それを見れば、良い家門でしょう。いくら何であっても、伝統的な基準を中心としてしたことだからです。それで七里の道を再び帰らなければなりませんでした。ぼたん雪が降って、とても詩的な場面が展開されたのです。

 私が去ったのちに、妻の母が帰ってきて大変な騒ぎが起こりました。妻の母が来て見ると、問題が大きいからです。「このままでは婚約破棄になる」と言って、息子を叱りました。なぜそんなことをしたのかと問い詰めたのです。そうして聖進のお母さんがそれを知りました。本家にいて、その話を聞き、すぐさま身なりを整えて出たのです。普通の女性ではありません。
教えていただき感謝。
ナツミカンさん、
ありがとうございました。

私が昔見たのとピッタリ一緒の文章ではないけれど、同じ内容を言っていると思います。嫌なつかしい感じです。

「真の誤父母様の生涯路程」は、いろいろな所で語られたものが寄せ集められて並べられているようなので、流れが乱れていることがありますね。

一年8ヶ月放置していたように読めますが、41年から43年10月まで日本留学、帰国して2ヶ月後に見合いし、見合いの5ヶ月後に結婚しているので、そんな長期間はあり得ません。
しかし、見合いから一年8ヶ月後はちょうど45年8月敗戦にあたり、文氏らは新しい仕事場の近くに極小一軒家を借ります。その時まで崔先吉さんと同居してなかったのかもね。
教会では44年5月からソウルの下宿で新婚生活を始めたということになっているけど、文氏がそこで警察に逮捕拘束された際の話に妻のことが全く出てこない。下宿家のおばさんが面会、差し入れしてくれた話ばかりで不自然。ゆえにその頃は同居してなかったのだろうという意見あり。
まあどうでもいい話ではありますが。
今更ながら
今更ですが、気づきました。

元妻自身の証では読んでいたのに、そういうことかぁ~って解り、貪欲な色魔文鮮明の姿がさらに確認できました。

4. 最初の妻 崔先吉女史 が告白! 「文鮮明教祖の性の祕密」

この中にも三日間滞在したことは出ています。なるほどぉ~三日間夜這いしていたのですねぇ~。
見合いして居座って性行為していた文鮮明。豪農の娘である元妻を確実に手に入れて置きたかったのでしょう。

そしていずれ・・・従妹や叔母とも関係(サムエル氏の母は従妹)して行く・・・。
妻は他の女たちとの復帰(性関係)も見たような話もあるのですが、元妻はそんな色魔の文鮮明を警察には訴えなかった。

離婚は、1957年ですから、興南刑務所送りになった人妻との性関係現行犯逮捕の時にも妻でいたわけで、崔女史が警察に通報ではなく、奇しくも人妻の夫の通報により現行犯逮捕されたわけです。
その時の崔女史はどうしていたのでしょうね・・・。

私のアタマの中では、文鮮明の女関係が入り乱れて、記事にしてきたものの整理されていません。

1970年代までの女関係
またその後、喰い散らかした女関係だけを抜き出して年表作ったらすごいことになりそうです。
(今のところ、私はまとめる気力はございません・笑)


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