fc2ブログ

救世主ではない/教団のナルシズム


救世主ではない/
   教団のナルシズム



旧統一教会が問題視される理由は、主に「高額献金」「霊感商法」「政界とのつながり」だとよく言われる。

「高額献金」や「霊感商法」は、人からお金を何回も継続的に出させるものだ。
余裕のあるところからならまだしも(それとて問題だが)、本人とその家族の生活を削るような金額を何度も要求し、それも無理なら借金してでも献金させる、など。
そうなったら心と家計に重荷を背負い、衣食住のための消耗仕事に追われ、独自の精神生活や心の成長、家族の団欒などの機会は奪われる。

だが献金摂理が激しくなる以前でも、そのような心の状態は同じくあったのだ。

なんなら教義を教え込まれる初っ端の段階でも、心の奥底の大切な核のような一点を奪われるような感覚があった。
ブルブル震えが来るほどの恐怖感。精神的レイプのようだ、とその時に思ったことを覚えている。

休憩時間に他の修練生が笑ったり楽しそうにおしゃべりしてるのが信じられなくて、その顔をまじまじと見てみたが、皆さんそのような恐怖は感じていないようだった。
私は非常に繊細•敏感な特異体質だったのかもしれないが、チラッとでも似たような感じを受けたという人なら結構いるのではないか。

(「それは、エデンの園でエバが天使長ルーシェルにおかされて性的堕落したことを逆の経路を辿り神側に元返す道だから、精神的レイプと感じるのはある意味妥当である。それを乗り越えて神側に復帰されるのだ」などと悪質な屁理屈を並べる現役馬鹿はいないよね?)

何十年と時が経てば、その(団体の)歪みが増幅されて、隠していても多くの人にその実態がバレるようにもなるのだ。今話題の宗教法人法におけるの解散要因という「組織性」「継続性」「悪質性」が、だ。


逆に時を遡って、1940年代か50年代、教団極々初期の頃の韓国女性信徒の証し:
「ええ、私たちは真のお父様(文鮮明)によく侍りました。メシアの住まいを整え、何品も揃えた食事を3度3度用意し、衣服の洗濯をし、礼拝がある朝は、ピンと拵えた真っ白な着物を着せて差し上げ、ある時は床屋に行き銭湯に寄る資金を工面するー 私たちは貧しい中、本当に苦労して、よく侍りましたよ」

(もとはと言えば、文さんが女性信徒に一対一でツメて、そうするよう要求または仄めかしたのだろう)

「個は全体のために、全体は個のために」や「授受作用の原理」とか言いながら、
信者が教祖に捧げるものはいつも具体的だが、信者が受け取るものは、教祖の誇大な妄想の中にしかなかった。
それは人間の成長の道を塞ぐ、大いに逸れた虚しい危険な道だった。
なぜなら文鮮明さんは、メシア・救世主ではなかったのだから。



最初から信者たちの役割は、文鮮明さんがメシアとしての対面を保てるように、また彼を上に上に押し上げるために、大勢の手下候補を連れてきて(=伝道)、彼が事業や政界工作する資金を調達(=献金)をすることであって、信者個々人の人格の向上や魂の成長には全く関心は払われないのだ。

*文鮮明氏は、KCIAやCIA権力に気に入られるよう、武器を製造したり、勝共で、戦争や軍事クーデターを起こしたり(南米)、民主化運動の市民たちを拷問・暗殺する“死の部隊”に資金提供したりした。

継続性のある核心的な本音がこうだから、小手先の言葉で表面それらしいセミナー(自己牧会プログラムとか)などをやっても、矛盾で乖離し、根本的な解決にならず、虚しかろうと思う。



話は飛びますが、最近思う大切なことは、
理想の自分像に執着するのではなく、ありのままの自分、もともとの自分を受け入れて、そこから自分にできることを始めてゆく。

宗教や思想は現実を否定して理想を追いがちですが、理想より現実をそのまま見る、理想の自分より現実の自分に焦点を当てるコペルニクス的転回がやっと腑に落ちた。体感できてきた。
脱会して三十余年、長い長い道のりです。

若い時にカルト思考が身に付き、それを剥がしていくのに人生のほとんどを使ってしまったという皮肉な見方もできますが、それもとにかく私の人生だ。まあ楽しいこともあった。
そして最近だんだん真にw楽しくなっている。




政府に解散命令請求を出された状況の中、
現役メンバーは、現実を教団または自分のナルシシズムに適合するように心の中でつくり変えてしまわずに、
その現実をそのまま見るようにしてほしい。

宗教法人解散になり資産の清算段階になったら、三男派のUCI 財団は莫大な資産の一部でも日本に返還してほしい、けど全くその気は無いようだ。道義的責任はないのだろうか。






味深い記事だと思われた方は
クリックをよろしくです↓
 ありがとう p(*^-^*)q

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 家庭連合へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 家庭連合 批判・告発へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村





関連記事
スポンサーサイト



コメント

神様の大いなる御業
本来ならば国教を目指していたはずだった。
結果は国として宗教と認められない。
原理を聴いて、最初、どうであるかは、それまでの生活に絶望していたどうかで、変わってくると思います。
暗在さんの場合は、どちらというとエリートコースかな?
教団の現状は、理想であるギブアンドテイク、WinーWinの関係が完全に崩壊している。
岸総理から始まり、孫の代での安倍総理の悲惨な結末。
憤り以外の何物も出てこない。
解散請求は、神様の大いなる御業であると思います。


Re: 神様の大いなる御業
piscさん、
コメントありがとうございます。

>原理を聴いて、最初、どうであるかは、それまでの生活に絶望していたどうかで、変わってくると思います。

それは大いにありますね。
記事のような恐怖の反応をした時は結局修練会は出ても入教しませんでした。
教会と縁が切れて2、3年程経った頃、自分から転がり込んで入教…みたいな具合です。

それら含め次の記事で書こうかなと思っていました。アクセスは少ないかもしれませんが、自分と向き合って書いておこうと思いまして。

最初の時に入教・献身でもしていれば、エリートコースかな?(性格を変えて別人にならなければムリ!笑)

>解散請求は、神様の大いなる御業であると思います。

ああそれ神の御業? それなら安倍さん銃撃も神の御業になる? この世は因縁で全部繋がっているので、一部だけ取り上げて神の御業と言ってもな〜(皮肉失礼)

「もともと持ってないので宗教法人格を剥奪される心配がない任意宗教団体のサンクチュアリ教会は、お仲間が増えると気楽に喜ばないでほしい」
(記事の末尾に文3顕進派のことに触れたので、平等を期して文7サンク派のことも書こうとしたが、あまり意味がないのでやめておいた)
神の大いなる御業2
神の大いなる御業とは、人間の罪、失敗に対する審判という意味です。
安倍総理は、とがめられる様な罪は、ありませんので、罪なき死、つまりイエスキリストに近い昇天であると解釈しています。
現実を捨てさせ妄想を操る
起点は安倍氏銃撃、とそれに加えて信者たちがマスコミに出て暴露した。それが無ければ今までにあった霊感商法と変わりないだけだったと思われます。

献身、環故郷で離脱できた自分、ワタシにとってはアメブロ無くしてキッチリ離脱するのは無理だったと感じております。

リアルを度外視して、妄想の天国に導こうと思っても無理がある。現信者たちはすべて「偽善者」だと感じます。
教会で訓練されたのは、アベルの思考から自分の方向性がどう違っているのかの修正です。

そして、いつの間にか自分の本当の思考とアベルの思考・教祖の思考との乖離を無くすことの一点に絞られて来るのでした。

ですから・・・信者たちはある意味自分の意志からの乖離(乖離障害)を患っているのかもしれません。

自分を取り戻すって大変かもしれませんが、今回の解散命令に対し、自分のオツムで考えて行けることを願います。
神様の大いなる御業3
イエスキリストを死に追いやったピラトも、安倍総理銃撃犯、どちらも正しくないです。
結果としてキリスト教が生まれ、かたや、解散命令請求が起きました。
これらは、普遍的なカルマの法則によるものです。

piscさん、そうですか
piscさん、
そうですか。

私は、出来事を神だサタンだと本気で決めつけるようなことはもうしません。
Re: 現実を捨てさせ妄想を操る
ナツミカンさん、久しぶり、
コメントありがとうございます。

>起点は安倍氏銃撃、とそれに加えて信者たちがマスコミに出て暴露した。それが無ければ今までにあった霊感商法と変わりないだけだったと思われます。

今までにあった「霊感商法批判」と…ね。
事実ですね。

>そして、いつの間にか自分の本当の思考とアベルの思考・教祖の思考との乖離を無くすことの一点に絞られて来るのでした。

結局そうなりますよね。
原理講論にも、「堕落製本性とは、神の立場に立てないこと」とあり、教祖やアベルは神の代身という教えだから。それでは全然成長しないけど。

解離性症状は現役さんのみならず長引くと思います。

No title
後輩のジャックです。久しぶりに訪問させて頂きました。今年に入って親の死、定年再雇用、転勤、慣れない仕事、と激動のなか奮闘中です。

>それもとにかく私の人生だ。まあ楽しいこともあった。
 
 …私も同じ心境です(が先輩のほうが楽しそう笑)。

>それら含め次の記事で書こうかなと思っていました。
 
 …お待ちしております!

ちなみに電子ドラムはまだ買えてません笑。
No title
ジャックさん、久しぶり、
コメントをありがとうございます。

人生最後の激動期というか(いやいやまだまだ)、アラ還世代のあるあるメニューというか、会社員でよかったというか(教団職員でなく)、体にも気をつけて健康食でいきましょう。

あとは、完全リタイアとか、孫が生まれてテンヤワンヤ…などあるかもしれませんw

>お待ちしております!
ありがとうございます。なんだかんだ言っても結局そういうのが励みになるものです。


私に「私もドラムをやりたいんです」と言った人は絶対やらないということが最近分かっています。(宇宙の法則みたいですw)

まあジャックさんは確かギターをおやりですから…

ありがたいことです。
* KCIAやCIA権力に気に入られるよう、武器を製造したり、勝共で、戦争や軍事クーデターを起こしたり(南米)、民主化運動の市民たちを拷問・暗殺する“死の部隊”に資金提供したりした。

   ↑

翻訳が出来る知性が うらやましいです。

私にとって、ありがたい情報でした。 感謝

今後とも、がんばってください。 m(__)m

(ちゃぬさんの12年前の 麻薬コンツェルンの話にあった様に、信じれる話と思います。)
Re: ありがたいことです。
甘えん坊(ササヤキ・アマキ)さん、こんにちは。
コメントありがとうございます。

ご指摘の部分は、私も気になる箇所で、もう少し考察を深めたい所です。
こちらこそ更なる考察のきっかけをいただき、ありがとうございます。


あっ メサイア・コンプレックスの人が来た!?
以前疑われた糖質じゃなかったようです。失礼しました。
うーん、これは私が間違いましたねぇ…(古畑任三郎風)

で、メサイア・コンプレックス。
give upしている今だからこそ、振り返ってみませんか(中等度超えだからムリか。ボソッ いやその…失礼)

参考までに。
>メサイアコンプレックスを抱える人は、実は自分自身が生きづらさを感じているということになかなか気づけない特徴があります。

>また、自分の劣等感に突き動かされた人助け行為になるので、相手が援助を断ったり自分の思い描く結果にならなかったりすると、機嫌を損ねて相手を責めてしまうといった対人トラブルも生じやすいです。

>コンプレックスと聞くと悪いイメージを持つ人が多いかもしれませんが、人は誰でも劣等感や弱さも抱えているため決して悪いことではありません。他者を巻き込んでメサイアコンプレックスを埋めようとすると、かえってトラブルの元になってしまいます。「良かれと思って」人助けをするときは、今一度自分の気持ちに耳を傾けてみましょう。
https://s-office-k.com/personal/column/symptoms-of-illness/psychology/messiah-complex
なるほど
鑑定を真摯に受け止めつつ、
私が偽物であることを祈ります。

本物だと、今後の世の中が怖いから。
Re:なるほど
甘えん坊さん、返信ありがとう。
短文コメも書けるとは、おどろいた。(そこかッ)


新記事を拝見しました。(やっぱり超長文になっていた)
https://ameblo.jp/pochiko444/entry-12829595713.html

>自宅で整体院を復活させる話……

いいじゃないですか。整体は上手そうだなと前にも思っていました。(そこかッ)

「今一度、自分を見つめなおす事になりました」ということで、冷静に対処していただいたようでよかったです。

と、ここで終わってもいいのですが、1つ思う所あり…
いや、深追いするつもりはないのですが、どうしたものか…

まあ以下は私の解釈であり、たくさんあるうちの1つの解釈で、これが真理だ!なんてことではないので、参考までに思うところを一応書いときます。

甘えん坊さんの記事より引用:
>最後に、私がやりたいこと、成し遂げたい世界観ですが・・・
それが、【女性がレイプされない社会を作る】なのです。
これは、左翼とかDSのフェミニズムでも 何でも無く、
とにかく、小3~4で夢に出てきた、まだSEXも知らない年齢での、
女性の被害には耐えられない精神構造をしてて、
過去世で何かあったのかもしれませんが、
やたらとその場の緊迫した夢を見てて、耐えられず、
途中で 育ち盛りなのに、起きてしまうのです。
睡眠不足で、小学校へ。。。
で、まあ・・・ 私も考えてみるに。。。
【女神の解放の事かな?】 と。<<


夢ということですが、これは恐怖・衝撃・不快などを感じる体験の類でしょう。
強迫観念やトラウマになっていないかなという捉え方です。

私自身、内容は違いますが、ある引っかかる記憶を強迫観念やトラウマと捉え、「自分でできる認知行動療法」のような本やワークブックを買い込み、1ヶ月ほど集中してあれやこれややっていたら、いつの間にか気にならなくなったことがありました。(記憶自体が消えるわけではない)

まあそれは私が、その出来事の記憶は自分の健全な成長を阻害し、何かを創造・実践しようとするに邪魔になる(立ちはだかる)と思うところあって、そのような対処をしたわけですから、
甘えん坊さんの場合とは違うかもしれません。
これこそ人それぞれの思いが重要である世界でしょう。

管理者のみに表示