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文仁進の音声流出。組織的レイプ発言。謝罪なし悲劇的


文仁進の音声流出。
謝罪なし、悲劇的。
組織的レイプ発言。



電話会議で、統一教会の幹部たちに自分の状況を説明している仁進さんの音声の書き起こし文の翻訳をしてみました。
会議は、不倫で付き合っていたベン・ロレンツェンと一緒になると決めた頃(2012年前後)のことでしょう。


https://howwelldoyouknowyourmoon.tumblr.com/post/673672199539916800/an-unapologetic-yet-tragic-in-jin-moon


イン・ジン・ムーン(文仁進。文鮮明/韓鶴子の次女)電話会議:

「はっきり言って、私は同じ部屋にいるのも正直耐えられないこの男(ジン・ソン・パク)と結婚させられたのですが、でも、弟のためだとか、その奥さんのためだとか、兄(孝進)のためだとか、そうすることで兄が助かるからとか、そういうことなんです。だから、できる限りのことをするんです。
私はいつもそう説いてきたし、信じてきたし、今も信じているのですが、祝福は永遠です。両者が祝福の価値を維持する限り,祝福は永遠に続くのです。

私はナンスクのように、自分がどのような結婚生活を送っているのかをよく知っている状況にはありませんでした。
彼女は私の兄(=ナンスクの夫)がアルコール依存症であることも、兄が何度も男女交際していたことも、薬物で深い問題を抱えていたことも知っていた。
彼女はチョンパドン(ソウル)で私と一緒に暮らしていました。私がリトルエンジェルス学校に1年ほど通っていたとき、私の部屋は兄の部屋のすぐ隣にありました。だから、彼女は彼の問題を全部知っていて、だから彼とマッチングされたとき、自分がどんな祝福を受けるか知っていたんです。





1:20
でも私は、こういったことが作用するような「祝福」に参加したいとは思わなかった。それを決して望まなかったし、絶対にその一員になることなど望んでいませんでした。
残念ながら、私はこのような問題を抱えた人と結婚してしまったのです。

訳注:朴珍成はごく若い頃、孝進に誘われてコカイン仲間になっていた(断れない状況)


結婚して最初の21日間は、できるだけ母(韓鶴子)と話をして、自分の抱えている問題を伝えようとしました。でもね、当時は、自分は祝福されたのだから、公的に祝福を受けたのだから、それに耐えて生きていくしかなかったんです。だから、それを受け入れて、対処した*んです。

訳注:対処した*=事実上オープンマリッジにしたと思います。
オープンマリッジ(=開かれた結婚)とは、お互いの合意のもとで婚外交渉を認め合う夫婦の形のこと。



それと同時に、もし母に相談したら......母はすぐに婦人祈祷師たちのところに行って、私のために祈ってくれるよう頼むだろうとも思っていました。そうすると、私の個人的な問題が教会のみんなに伝わってしまうんです。だから、父や母に相談するのではなく、自分自身の問題に対処することをすぐに学ぶことができたのです。自分ができる最善のことをするわけです。

2:25
そして、こういった何年もの間、[ジンソン・パク 朴珍成]は弁護士で、私に対して決して明確なことは言いませんし、この件について話すたびに、いつも話を逸らし、否定するばかりでした。
しかし、彼の人生が制御不能になり、信じられないような激ヤセをしていったとき、明らかに問題があったのに、彼は最後まで否定していたのです。
それで、ついに彼が寝ている間に髪を切って、髪のサンプルを研究所に送らなければなりませんでした。
そして、検査結果が出たときに初めて、「私はあなたの体の中で起こっていることを全部知っているわ。良い状態ではありません。あなたの体からタールのようなものが出ているのよ」」と言ったとき、あの状況でも彼は全否定していた。
だから私は、「あなたは経営しているパラダイム社をめちゃくちゃにしてしまったのよ」と言ったんです。あなたの体は、あなたが入れているものを全てはじいているのだから、私と一緒にリハビリ施設に行きましょうと言ったのです。


3:55
その時、私の状況に何かあった*ため、彼は言いました。「そうか、あなたはこれを利用して僕と離婚するつもりですか?」私は、それについてはわからないが、まずあなたがリハビリに行く必要がある、と言いました。
私は典型的な共依存者だったんです。彼の問題をできる限り隠してきました。彼が面倒なことになったら、私が片付けてあげました。真の家族との公的な行事の場では、何も問題がないように装って、笑顔を見せようとしました。15年前に子供たちを連れてボストンに行ったのも、そのためです。

訳注:私の状況に何かあった*
バンドのキーボード奏者アリステア・ファラントとの恋愛関係のことだと思います。


イーストガーデンの旧邸には、私の家族と兄の家族が住んでいました。そして、ナンスクさんは、最も協力的で親切な人…ではありませんでした。そして、私の兄と夫のジェームス(珍成/ジンソン)は、私が望んでいたライフスタイルとは異なる、とても困難な生活を送っていたのです。

5:15
私がボストンに住んでいた最初の10年間は、父(文鮮明)も怒っていて、私が父母の誕生日や名節を祝うために家に帰るたびに、3時間か4時間、私に怒鳴っていました。父は非常に怒っていましたね。
ある意味で私は、私の結婚とその後の結婚生活の解消が、子供たちにやってはいけないこと、そして私たちの運動の未来の祝福カップルにやってはいけないことを示す良い見本になることを願っているのです。

5:52
人に結婚を強要することは正しくない。政治的な結婚は正しくない。私が押し付けられたことは、本当に単に組織的レイプ*以外の何ものでもないのですが、正しいことではありません。あなたが逃げ出すのを恐れて、ドアの前に2人の人間が立っている状態です。それは正しいことではありません。
二人を無理やり結婚させるという自分の行動の結果に向き合いたくないというのも、正しいことではありません。そして、あなたが押し付けたものを子供がどうにかしようとしているときに、サポートをせず、面倒をみないことも、正しいことではありません。

訳注:*組織的レイプ:institutional rape、制度的なレイプ



2013年10月12日 ベン氏との結婚式(再婚)
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6:30
多くの人が私の決断にショックを受けていると思います。でも、私は「真の父母」はメシアに違いないと信じています。
対処すべきことが全てに渡ってたくさんあったので、彼らは真の父母に違いありません。
それで彼らは、意見を言う、強い、勇気のある14人の子供を持ったのだと思います。なぜなら、『真の父母』もまた、学ぶ必要があるからです。私の母が私の話を聞いてショックを受けたように、私が一度も話したことのない私の30年間の結婚生活も、母が学ばなければならないことなのです。

多くの人は、インジン・ニムは自分のために行動している、自分のやりたいことをやっているだけだ、と思っています。いいえ、私は好き勝手にやっているわけではありません。私は、どこかの男性に頭から真っ逆さまに恋をして、愚かなことをしている10代の少女ではないのです。

〈書き起こしここまで〉
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コメント

これを録音した人がその音声クリップをネットに上げたんだけど、僕に全録音もくれました。本当に同じようなものばかりです。...彼は電話会議が行われたオフィスにおり、録音ボタンを押しただけです。彼は実際の会議に参加していたのかもしれません。彼は二世だと思います。

私が驚いているのは、彼女の二重思考です。彼女は自分の両親が「組織的レイプ」を企てたと非難していますが、それでもなお、両親は「真の父母」としての役割からやらなければならないことがあると主張することができるのです。呆れますね。そうです、彼女は「真の子女」としての地位を維持しなければならないんだ、さもなければお金が入って来ないのです。


明白な理由もなく、ナンスクを非難している。


彼女は、この男との間に5人の子をもうけた後で、これを言う。


非常に困った、奇妙な人です。権力者にしたい人ではありませんね。
正直なところ、彼女が悲劇的であることは分かっていますが、あまりにも多くの人の心を傷つけ置き去りにしてきたため、彼女に同情するのはそんなに簡単ではありません。
一方で、彼女は兄弟間の分裂を引き起こし、すべての悪巧みが詐欺であることを示すことで、皆に大きな恩恵をもたらしました。
彼女は正直であろうとしましたが、文家のパンにバターを塗る唯一の方法が献金であるため、後戻りしてしまったのです。彼らのパフォーマンスは、ある種の手の込んだ大道芸なのです。

〈翻訳ここまで〉



参考

龍明小説「バイデン家と仁進・珍成 トホホのホ/5-14番外編」より
http://anzais.blog.fc2.com/blog-entry-161.html

1983年、18歳だった仁進は、教団幹部朴の10代の息子珍成と見合い結婚することになった。

内部メンバーによれば、仁進は屈辱を感じた、という。
彼女は、おとなしくて鈍い珍成に興味がなく、活発でハンサムな弟サムエルの方を気に入っていた。
しかし父親である文は後に引かず、夫人は自分も仕組まれた結婚で多くを耐え忍んだにもかかわらず、夫を擁護した。



1984年2月20日 朴珍成氏との結婚式(祝福結婚)
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家族に近い6人の情報筋によると、2004年ごろ彼女は、アリステア・ファラントという名のキーボード奏者の古参教会員と情事を始めた。
すぐにファラントは妻と子どもを捨てて、仁進のところで仮住いを始めた。

朴珍成は打ちひしがれた。
「彼は本当に追い出されたと感じました」と彼の側近グループのあるメンバーがいう。
「彼に生きる意味を与えていた家族やその他全てを失ってしまったように彼は感じたのです」

朴は度を越すほどコカインを摂取するようになり、彼の会社パラダイムは困難に陥った。








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