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堕落論が意味をなさない5つのポイント



堕落論が意味をなさない5つのポイント




元信者氏による「統一原理の堕落論が意味をなさない5つのポイント」のうちの2つの翻訳と感想解説です。
知力の訓練をいたしましょう。
地上に生まれてきたからには、未分化脳と未分化な人格ではダメダメです



https://howwelldoyouknowyourmoon.tumblr.com/search/Graham+C.+Lester
統一原理の堕落論が意味をなさない5つのポイント

グレアム・C・レスター

統一原理による堕落の説明は、間違っているだけでなく、まったく意味のないものです。

1. 原理の解釈は、聖書的に無意味です。


神が「実り多き者となれ」(Be fruitful)という戒めを与えたとき、神は自分の使っている言葉の意味を知っていると考えなければなりません。植物学的には、生物は有性生殖が行われて初めて実を結ぶことができます。
もし神が「実り多き者となれ」という言葉を、「完全な状態になるまでセックスをしてはならない」という戒めの文脈で使ったとしたら、神は基本的な植物学の知識を根本的に失っていることになります。



原理脳になっていると分かりにくいので、補足説明してみます。

創世記/ 01章 28節 (新共同訳)
「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」

聖書の「産めよ(口語訳では「生めよ」)」は、統一教会では、「神を中心として心と体が一つとなり個人として完成せよ」と解釈されていました。

対応する英語聖書の Be fruitful は、果実をつけている状態のことですから、すでにオシベとメシベの受粉(有性生殖)が終わった後のことです(植物の数としてはまだ同じで、種が落ちて個体数が増えてゆく前の段階)

人間で言えば、(セックス行為後の)妻が妊娠している状態に相当するでしょう。
日本語の「産めよ(生めよ)」だと、胎児を母体から外に出す段階ですが。

どちらにしても、原理のいう、セックスをしてはいけない段階の第一祝福「個性完成」の解釈とは全く違いますね。

(つづき)

イブは知識の木を「園の中央にある」と言っています。もし彼女自身が知識の木であるならば、なぜ彼女は知識の木が園の中央にあると言うのでしょうか?



「エデンの園の中央にある」とは「人間が、世界が、理想とし、仰ぎ見る」という意味の象徴だと原理では習ったから、
「善悪の知識の木が園の中央にある」と言っても別におかしくないのでは?と最初は思いましたが、
よく考えてみると、それをイブ自身が言うのはおかしいでしょう。
“仰ぎ見る理想の私自身”ということになってしまう(鶴子なら言いそうだが)

それに「仰ぎ見る理想」は、イブが完成した後の「善を知る木」であって、「善悪を知る木」ではないはずです(原理によれば)

矛盾だらけです。原理の失楽園の解釈。

(つづき)
原理の堕落論では、ルシファーがイブを誘惑し、イブがアダムを誘惑したとされています。しかし、聖書によると(創世記3:6)、エバが最初に果実を味わったとき、アダムはエバと一緒にいたと書かれています。その後、アダムはすぐにその実を食べました。

これでは、ルシファーと一緒に「実を食べた」後にエバが悔い改め、元の場所に戻りたいという気持ちからアダムとセックスしたという統一原理の主張が意味不明になってしまいます。




1:創世記/ 03章 06節
女が見ると、その木は食べるに良く、目には美しく、また、賢くなるというその木は好ましく思われた。彼女は実を取って食べ、一緒にいた夫にも与えた。そこで彼も食べた。 (聖書協会共同訳)

女が見ると、その木はいかにもおいしそうで、目を引き付け、賢くなるように唆していた。女は実を取って食べ、一緒にいた男にも渡したので、彼も食べた。 (新共同訳)

女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。 (口語訳)

それにもうそれ以前の時点で聖書では、アダムとイブは夫婦だったのです。
人とその妻は二人とも裸であったが、互いに恥ずかしいとは思わなかった。 」
(創世記/ 02章 25節)

それで神は、彼らにストレートに、Be fruitful (生殖して実りをつけよ)と祝福を与えたわけです。
「善悪の知識の木」に関しては、聖書以前に他にもいろいろ解釈があります。
「イニシエーション」で読んだ古代エジプト神秘学派の解釈はとても深いものでした。


(つづき)

2. 原理の解釈は歴史的に意味をなさない。


仮に統一原理の説明が創世記の物語の確かな解釈であったとしても、創世記の物語は単なる物語であり、実際の歴史的出来事ではありません。

統一教会が説明する2つの、ストーリーの成り立ちを見てみましょう。それは
1)アダムとエバの家庭から伝えられた古代の口伝である
2)後に神から直接受けた啓示である、です。


アダムとエバの時代から古代の口伝えが残っていることは不可能です。なぜならば、最初の祖先は少なく見積もっても12万5千年前、おそらく40万年以上前に生きていたはずだからです。
というのも、初期の人類による火の使用は、12万5千年前にはすでに普及しており、それ以前にも数十万年前からあったと考えられるからです。

火をコントロールすることは、最も知的な動物であっても、動物にはできないことです。実際、現在でも、ほとんどの教育を受けた人が、人里離れた荒野に一人で置かれたら、火を起こしてコントロールすることはできないでしょう。あなたはどうですか? 軍隊、少なくともスカウトにでも入っていない限り、おそらくできないでしょう。

火のコントロールは、複雑な行動を学ばなければなりません。
もし人間の精神というものがあるとすれば、それは少なくとも人間が初めて火を使用することを学んだ時まで遡らなければなりません。
文字のない時代に、12万5千年もの間、口伝が残っていたと想像できますか?
それはとんでもないことです。

口伝だというなら、誰がそれを比喩象徴を用いて伝えようとしたのでしょうか。
アダムとエバは、この物語の全体像をハッキリ説明するにはあまりにも恥ずべきことだと判断したが、いつかそれが統一原理の講師に必要とされると思い、象徴を使って巧妙に隠したのだとでもいうのでしょうか。
そんなことはありえないでしょう。




(つづき)

また、創世記の記述は啓示ではありません。
もし神が統一原理の物語を象徴的な形で啓示するのであれば、出来事の順序を正確にし、象徴を明確にし、知識のある10歳の子供のでも見分けられるような基本的な植物学の間違いはしないはずです。また、なぜ神は自分が庭を歩いている姿を人間のように語るのでしょうか。

さらに、文書仮説(調べてみてください!)によると、聖書学者たちは、創世記の物語はもともと1つの物語ではなく、2つ、3つ、またはそれ以上の初期の物語が、やや無造作に編集されたものであると考えています。

例えば、創世記では人間の創造の話が創世記1:26-28と創世記2:5で繰り返されています。
創世記1:11で神がすでに植物を創造したにもかかわらず、創世記2:5では植物が存在しないことに注目してください。

なぜ神は互いに矛盾する啓示を与えたのに、無学な古代イスラエル人の一族にその部分から一貫した物語を作ることを任せたのでしょうか?






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コメント

匂いがします
このブログの文章力は並外れています。ここまでかける方はいません。ちゃぬさんの文章力に匹敵、いやそれ以上かもしれません。匂います。関東にお住まいという事もなんだか気になります。そして稲葉佳代さんをご存知でしょう。その様に理解しております。
No title
生育し 繁殖し 天宙天使界霊界すべてを治めよ!!!
成長の3段階を表す言葉でしょう。
 Be fruitful be fulfill
十分に生育しなさい!!!心と体で神様を認識し悪を退けるだけの神様を全身に感じなさい!!!
そうでなければ OUTだよ!!という事でしょうか?
Graham C. Lester 負け犬は所詮 そのレベルです。
No title
安在オシホさんはもう少し
 地に足をつけて アボジの父親は誰だったのか??とか よそからネタを仕入れずに 自分の考えで思考を張り巡らすべきですね!!!
 誰かにこう言われたとか それではタダの受け身なオカマちゃんでしょう。
 
No title
https://note.com/tanaka00kou/n/nc5211bff6c82




韓鶴子はリリスの末裔か?
( ´艸`)
旧約聖書はエジプトやシュメール等の多神教神話からパクってきたお話をパッチワークのようにつなぎ合わせ無理やり一柱(一神教)に押し込んだ為、矛盾だらけになんだ。
 私は「失楽園」は人間が自意識に目覚めたことを象徴した物語ととらえている。
 昔「パンツをはいた猿」という本があったが、それに模せば
人間は「中二病になった猿」だ。

 「地獄とは他人のことだ」と書いたのはサルトルだが。
 自意識を持つということは
他者のまなざしを意識するという事だ。
 自分はどう思われているのかと
常に意識し「自他分離」や「疎外感」「孤独感」を人間を獲得した。
 このような実存的不安に苛まれるようになった人間を寓話化したのがエデンの園の物語だろう。
 じゃー中二病「生まれてきたのは何故さ、教えて僕らは誰さ?」
とか親に反抗して「いつ頼んで生んでくれって言ったんだ」みたいなこと言いたくなる
 ような自意識過剰感覚になるのはいつか?
 そう、第二次性徴期である。 
 男子では変声し、喉仏が目立ってくる頃、女子では胸が膨らんでくる頃。
 古代の人にとってこれらは
まるで果実を飲み込んだときのように思えたのだろう。
 実際、喉仏のことをアダムズアップルと言う。
 
 「セックスで堕落した」と聖書解釈したのは、若い時欲情をコントールできなかった文鮮明やアウグスチヌスの心理的投影だろう。

>>Graham C. Lester 負け犬は所詮 そのレベルです。


 キイテルキイテル

 論理的に反論できないといつも
「負け犬」とかのレッテリングで自分を安心させようとするんですね。

 
負け犬の遠吠え
弱い犬ほど良く吠える。
 森一郎は所詮そのレベルです。










No title
オシホサンハ 勝てないとわかると  文鮮明がどうのこうのと アボジにすり替える。 自分で考えて 答えを出さない時点で 人生を逃げてきた方だと感じる。
 戦わないと!!いつまで逃げるんですか?
No title
上記 森一郎=ニコラスさんの
せま〜い
精錬(せいれん)されていない
濁り 錆びついた
廃工場並みの 
独善的な了見では
こちらの何も見えていません。

自分自身のことをこっちに投影してくるな!
廃工場の窓が煤けているから、反射して自分の姿が映っているんだろうよ。
またまた負け犬とか言っちゃって。あほが。
治せる病状の範囲はゆうに超えている人のようですから、
どうするかな、
トゲトゲしい森一郎がここで見られるのも、もはやこれまででしょう。
(次の暴言はそれごと処置します)
Re:匂いがします
コスタさん、
コメントありがとうございます。

>そして稲葉佳代さんをご存知でしょう。

稲葉「いなば」と読んでます?
実は「桜葉」と書いて「おーば」なんです。「おおばかよ」と読んでください。お願いします。
いえ、暗在=桜葉だと言っているのではないですね。
コスタさんのコメントは誰も意味がわからないでしょうけど、少し考えて、言ってることは分かりました。

ちゃぬさんの“中の人”疑惑の、…えーと、舘ひろし、じゃなくて、なんだっけ、可知講師でもなくて……そう、広講師だ。それですか、私は。

いや、実家で葬式があって帰ってきたばかりなので(匂いがしますか、線香)、心ここにあらずで、記事の雰囲気がいつもと少し違ったかもしれませんが、8割方は翻訳ソフトの文章ですよ。
桜葉さんは広講師から四研の話を聞いたことがあるんでしたっけ。それで、ご存知でしょと。
すっかり解読できました。

大正時代の奇術師が出すケムリのような幻想ですよ。
と言っても、匂いがするという実感覚でしょうから、はいそうですか分かりましたとはならないのかもしれませんが。

そうか、心ここにあらずで私らしさみたいなものを出さない方が、文章力がいいとか感じられるんですね。広講師にもなれると。

「自分というものはない!」 by gout
はい、その通りです。


天の父母様聖会
goutさんのコメントを見て、韓鶴子女史の説く、天のお母様の正体は、
堕天使サタンの妻、リリスであるとインスピレーションを受けました。
No title
goutさん、
コメントありがとうございます。

この度のブログ村への再登場は、(精神が)より自由に全人的になって、一皮剥けてのご登場のように思われます。
ありがとうございます。
回答ありがとうございます。
No title
聖書の解釈の問題であって、原理とは全く違う内容。聖書の解釈がどうであるか気になるなら、ます、比喩とか、象徴で書かれているという聖書を基準に話すことは門違い。あなたが聖書を知っているとは思えない。
そのようなものがこれ以上、原理を否定するな!最悪な行為。これ以上、メシヤの悪口を記すならば、本当に霊界があなたを許さない。れいかいのいかりに耳をかせ。
この原理が、どれほどの苦悩によって導き出されたか、本当に知っているのか?霊界は父の苦難をみんな知っている。父のその血と汗と涙を。時が来ているのに、かわいそうな
あなたはそれを知りながら裏切る者。
あなたが地獄の刑罰をどれほど知っているのか、考えるだけで恐ろしい。。
No title
ナナシさん、コメントありがとうございます。

しかし初っ端から自己矛盾してると思いますよ。
「聖書の解釈の問題であって、原理とは全く違う内容」だというなら、この記事は「原理」のことは全く否定していない内容ということになります。が、
ナナシさんはすぐ後に「これ以上、原理を否定するな!」と書いてます。分裂です。原理脳支離滅裂。

タイトルの通り、統一原理の主に堕落論の解釈について書いてあると思います。

たまたま一回だけこのブログを読んだ人には分からないでしょうが、
ここ何ヶ月か、集中して古今東西の霊界霊媒研究の書籍を読んでいますが、地獄や罰を振りかざして人を脅す宗教者はいろいろな場面で出てきます、はてどんなところにいるでしょう。

統一教会で教育を受けたままの価値観を披露しているようですが、(真の父母という)権威に屈服を説くような宗教では世の中には通じないし、古今東西の霊の書(霊界)にも通じません。何より良心/本心/潜在意識に通じえません。

なぜそのような宗教が出てきたのか? 歴史的背景を見ていくと、おぼろげながら分かってくることがあります。

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