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一人からの神秘哲学  



古い資料を探していたら、下書で目に付いたタイトルがありました。
「一人からの神秘哲学 」 忘れかけた13年前の拙詩作。

60年代からの統一教会は、権力や利権の方向に向き、
やたらと外側に広がって、規模が大きく複雑になり、
追っている方も精神的に疲れてしまったので、
魂の原点に帰り、落ち着く意味でも、
今回はこちらをアップしようと思います。

生命のエーテルやスピリットのシャワーを浴びてください。
ちょっと何言ってるかわからない。
 



   一人からの神秘哲学                                     

光のなかを 流れるように 自我が 生きている

自我が 流れるように わたしの中に 入ってくる

想像してみよう 五感にないことを

すると あなたも 光のなかにいる……


ずっと以前 人は 歳をとると 子を生み

魂は その子の身体に宿って 生き続けたという

月日がたって 古びてくると また子を生んで

体を乗り替え 乗り継ぎ 永い春を生きていた

魂が古い体を捨て去るときが 死

子の新しい体に入るときが 再生

死即再生 だから 死の概念もなかっただろう

しかしある時 人は気付くのだ

もう 子の体に宿れないことを

柔らかい手を頑なに 振り解くようにして 子は去った

なにかが変わってしまったのだ

あるのは 過ぎゆく時の中の 古い一個の個体のみ

こうして 人は 死すべき者となった

あるべき自分を見失い 希望なく 

滅びの不安ばかりが 押し寄せる間に間に

人は「自我」を 内部に取り込む

切望したのだ


昏睡状態の鉱物たちにも

うたた寝中の植物にもなく

初源の主観の夢の中を歩き回る獣たちにもない

理性を備えた人間だけが持てる自我

自我は自分自身を定立する

のみならず 時に荒れ狂う精神の茫洋を手なずける

さらに 生命のエーテル液をたっぷり浴びて 

再び 肉の着物を 纏(まと)う

時を超えて生き続ける

認識してください

        
脱皮した自我らしきものの声がする

これらは 抽象といえば抽象 

当然といえば当然

どうでもいいといえば どうでもいい

かもしれないが

そんな精神の方向に どうしても向いて行く わが性向

作家なら そんな捻じ曲がった心も 有り体に 

扱ってみせるのかもしれないが

厄介なことに 

抽象の世界に一度迷い込んだら すぐには出られない

先へ進んで 一巡りして

自分だけの出入口に 戻って来なければならない

それで30年を費やした

人生はままならないもの



            anzai 3.23.2008





注)「自我は自分自身を定立する」:ドイツ観念論哲学者・フィヒテの命題


全体的に、ルドルフ・シュタイナーの影響あり。

文鮮明の影響は・・・・・ないッ(笑







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