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神いない妾の摂理の人生いろいろ/7-8

「おれのラケル 崔淳華と重婚!の摂理/7-7」からの続きです



    神いない
      妾の摂理の
        人生いろいろ‥‥




   龍明小説7-8



それから翌年、追いかけるようにアメリカに行き、彼女が居る東部、ワシントンDC周辺に3か月留まった。(前回より)


1965年2月12日の夜明け直前、文龍明は韓国の土が入ったスーツケースを携えて、ひとまずサンフランシスコ国際空港に降り立った。
出迎えた現地の弟子たちが、車で一行を小高い丘の上まで連れて行った。
彼らはそこから都市を見下ろし、朝鮮シャーマニズムの地政学的攻略方法により、5方向の神将軍に祈祷後、韓国から持ち込んだ一握りの土を埋めると、その場を彼らの“聖地” と決めて杭を打ち込んだ。

次の1か月、彼は青いプリマスのワゴン車でアメリカ横断の旅を楽しみつつ、計55か所で同様の儀式を行い聖地を決定した。
3月14日にはワシントンDCで、国会議事堂の西側芝生の真ん中にある大きな常緑樹の下と、ホワイトハウス前の楕円形の場所に、韓国の石と土を埋めて聖地を作り、杭を打ち込んだ。


文教祖はDC近郊にある朴ポヒの家に滞在していた。
折に触れて彼は言った。
「おい、淳華を呼んでくれ」
すると日本人の信者運転手が彼女のアパートに迎えに行き、彼女を乗せて朴家に連れてくる。
そして朴ポヒの書斎の隣のゆったりとした部屋で密会を楽しむのだ。

「淳華、わしらは子供を作らなくてはいけないよ。
 うん、淳華はわしの息子を生まなければならない。
 すべてを危険にさらしてでも
 神の摂理にどうしても必要なことだというんだね」

「あら、子供ならもう何人もいらっしゃるじゃありませんか。
 それに私は学業のこともありますし‥‥」

「何を言う、あの深夜の聖婚式は何のために挙げたんだ?
いいか、すべーてのことは神様の言うに言われぬ復帰の心情の解放のためだというんだね。
これからの摂理はだんだんアメリカが重要になってくるだろう。
世界摂理の中心がアメリカになり、そうなればわしも拠点を移すんだ、そして、」
彼は口先でどうにでもなる上手いことを、ピロートークで次々に繰り出した。

崔淳華は目を閉じたままで尋ねた。
「鶴子さんたちはどうなりますの?」

「レアの鶴子と子供らは、韓国におればいいさ。
真の母にはそう簡単になれるものでないことは最初から言ってある。
今回の、きみを通して息子を得る計画のことも告げて来た。
気になるだろうが、元はと言えば、きみの姉さんが裏切ったから、こういうことになったんだ。
わしはラケルであるきみのもとで居を構え、それが本然の真の父母、真の家庭となるんだ。
崔家には重要な使命があると最初から言ってるだろ? 
きみのお母さんの得三さんが鶴子をうまくいい含めてくれるだろう。
崔家が立たなくては世界摂理はうまく進まない。
だからね、淳華、おれの息子をたくさん生んでくれよッわ〜ッ」
彼はそこで何度目かに果てて、その日はそれっきりになった。


もう29歳になっていた淳華も久しぶりに興奮していた。
教会に入ったばかりの10代の頃の大きな夢に立ち返ったような気分だった。

アパートに送り帰される途中の車の中、相変わらず無口な運転手。
「ねえ、ケンジサン、いつ日本から来たの?」
「3年になります」 彼はボソリと答えた。

ダイカンとも呼ばれる大貫ケンジはその頃この周辺に住んでおり、文教祖の運転手にして釣りのガイド、専属カメラマンでもある文の良き同行者だった。
6月25日、ワシントンDCの北にあるゲティスバーグに一緒に行き、そこでアイゼンハワー元大統領と会っている文の写真を撮っている。

(この人は何も知らないんだわ)
数年前文教祖の結婚以来、厳重に口をつぐんできたこの関係。
高揚した気分の崔淳華は、秘密にするのにうんざりして突発的にこう言った。
「あの家で私が何をしたかわかります?」
「さあ」
「セックスよ、文先生と何度もセックスしてきたのよ」
ダイカンは無表情なまま何も言わなかった。

アパートに着くと、ダイカンが車のドアを開ける前に言った。
「さっきのこと、本当ですか」
「本当よ。あんなこと、嘘を言うはずないでしょう」
と言いながら淳華は車を離れて行った。

(つづく)





参考資料:


https://newrepublic.com/article/115512/unification-church-profile-fall-house-moon
ニューリパブリック誌「文家の崩壊」

http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-632.html
決定版[文鮮明と認知されなかった息子との長くて暗い物語]



https://howwelldoyouknowyourmoon.tumblr.com/post/626647590146064384/daikan-ohnuki-drove-a-young-korean-woman-in-dc-to

Daikan Ohnuki drove a young Korean woman in DC to have sex with Sun Myung Moon in 1965

「ダイカン大貫は1965年、文鮮明とセックスする韓国人の若い女性を車で送迎した」


以下、ラフな翻訳
カレン・アレイン・テイラー:
1987年、私の夫は、2年以上も秘密にしていた衝撃的なことを私に話した。
夫のスティーブは、オーシャンチャーチのナショナルディレクターである大貫ケンジ氏と親しかったのですが、大貫氏は、教会を辞めて家族を養うことに専念しようと考えていることをスティーブに打ち明けるようになりました。彼は夫に「スティーブ、物乞いの心を持つな」とアドバイスしてくれたのです。

彼がスティーブに打ち明けた内容を最初に聞いたときはショックを受けたという。ニューヨーカーホテルからタリータウンに向かう大貫の車の中でのこと。その車の中で、大貫は突然、スティーブが思いもよらないことを話し始め、1965年のワシントンDCでの体験を語りました。彼は1965年にワシントンDCで、韓国人の若い女性を車に乗せて、文鮮明が滞在する私邸に送り届けた。再び彼女を迎えに行き、車に乗せての帰り道、彼女は文鮮明と性行為をしたことを大貫に打ち明けました。

スティーブは、この爆弾級の話を聞いてショックを受け、困惑したが、数年後にニューヨークからカリフォルニア州のサンタバーバラに移るまで、このことを私に話すことはありませんでした。大貫が私たちを訪ねてきて、スティーブの記憶を呼び覚ましたのです。当時、私たちは自分の家に住んでいて、教会とは連絡を取っていなかったので、スティーブはこの情報を私に伝えても大丈夫だと思ったのでしょう。

私はびっくりして、信じられませんでした。私はそれは大貫の作り話だと思っていて、彼がどれほど正しいことを言ったか知りませんでした。私は今は、彼がアニー・チェ(崔淳華の英語名)を朴家に連れて行って、文鮮明とセックスさせ、そこでサムエル朴・チェ・ムーンを妊娠させたのだと考えます。

この事件は、すべての統一教会のメンバーに、自分たちが支持してきた信念のあらゆる部分に疑問を抱かせるものです。
文氏は罪のない人間だったのか?
彼は自分が説いたことを実践したのか?
統一教会のメンバーは、言われたことをすべて信じるべきなのか、それとも騙されているのか。

客観的に検証し、何十年にもわたる欺瞞に終止符を打つ時が来たのではないでしょうか。
by カレン・アレイン・テイラー

   ****

アニー崔(淳華)が妊娠した時、大貫ケンジはこの地にいた。
1965年6月25日、ワシントンDCの北にあるゲティスバーグに文と一緒に行った。そこでアイゼンハワー元大統領と会っている文の写真を撮っている。
彼は文の運転手であり、釣りのガイドであり、同行者であり、写真家であった。


大貫には韓国人の妻がいた(訳注:1800双)。
大貫は、孝進をはじめとする「真の子女」たちにうんざりしていた。お金の問題もたくさんあった。大貫は、自分が納得できないことをたくさん目にして、離れることにした。

彼は癌になり、治療費を捻出するのに苦労した。文は大貫が死ぬ間際に釣りに連れて行ったが、治療費は払わなかった。
大貫は文を訴えたのかもしれない。イーストガーデンは聖和式(葬式)を認めなかった。文は大貫を破門したーーダン・フェファーマンがこれを報告した。
大貫は自分の家族に自分の聖和儀式をすることを禁じた。デイビッド・ホースはワシントン州から東海岸に飛んできて、チェ・ママサン(西川夫人)と共に彼の葬儀を執り行った。人々は大貫を気遣って参列した。中には教会の圧力で出席しなかった人もいた。
(翻訳ここまで)



https://ameblo.jp/yoji1970/entry-12400269626.html





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コメント

人生いろいろについて

アメリカにいた大貫けんじさんのお父さんは、長らく壮年部長をしていて信者一家だったと思います。
兄弟(大貫せいじ)の殺人事件もありました。
一家で、ウ・グループに行ったという話もありました。
https://ameblo.jp/yoji1970/entry-12400269626.html

けんじさんが破門されたのは、それに関係しているのでしょうか。

文教祖に極近く侍った、癌になる、別グループに行く、除名(破門)される、教会聖和式しない、という共通項では神山さんを連想させます。

もっとも上に翻訳した大貫けんじさんに関するアメリカでの資料では、ウ・グループのことは書いてなく、自立しようとしていたと読み取れますが。

(崔さんのことも含めて)そういう人生もあったんだなと。

そろそろ自身の人生も含めて総括していい年頃になりました。


つづき

拍手コメントの方によると、厚木修練所の返還請求があったと。
なんとなく思い出しましたが、教会初期に厚木修練所を献納(又は貸し与え?)したのが大貫家でした。
翻訳の、
>大貫は文を訴えたのかもしれない。
は、返還請求のことかも?時系列が不明なので何とも分かりませんが。

大貫家の1人が草創期のアメリカに行って、文教祖や文家に近くで接し、内状をよく知ったことも、おっしゃるように、一家が離れた要因のひとつになっただろうと考えられますね。
はじめまして
大貫さん御夫妻とは、一時、お付き合いをさせて頂いたことがあります。千葉県の大原にも行きました。一度、下北沢の御宅へ伺った時、そこにあの西川先生と偶然出くわしたのを印象深く覚えています。
Re:はじめまして
おやじさん、はじめまして。
コメントをありがとうございます。

そうでしたか。
西川先生とはなつかしいお話ですね。
おやじさんの話から、大貫さんはどんだけ古株の信者だろうかと思い、霊的血統図を見てみたところw、久保木修巳氏に伝道された人のようですね。

それから「日本統一運動史」によると、大貫けんじ氏と西川先生は一緒に渡米したことがわかりました。
1965年:
2月12日 真の御父様午前10時、羽田からアメリカへ
3月15日 崔奉春宣教師、東京都内4カ所の聖地決定
3月16日 崔奉春宣教師、大貫健司氏渡米歓送会
正午パンアメリカン機で渡米
6月25日 真の御父様、アイゼンハワー米国元大統領と会見

つまり話題の第一次世界巡回路程において、文教祖一行はまず韓国から日本に到着、約1ヶ月滞在後、2月12日にサンフランシスコへ出発、1ヶ月の米大陸横断ドライブで東部に到着した頃、
崔奉春宣教師(西川先生)と大貫健司氏が後を追うように渡米、
そして大貫氏は文氏とアイゼンハワー元大統領との会見のカメラマンを務める。
という流れだと分かりました。

小説中の会話、
「ねえ、ケンジサン、いつ日本から来たの?」
「3年になります」

ブ〜ッ「1、2か月になります」が正解でした。
現地の生活についてはもう何でも知っていて文教祖を補佐しているというイメージで、3年位かなと思ったのですが、直した方がいいのか、そうすると意味のない会話になってしまうなあ、誰も気にもしないだろうけど。

2、30年前ですが、西海岸のシアトルにも、そういう何でも知ってそうな謎の、通称「〇〇のおとうさん」という存在がシックコミュニティの背後に隠れて存在していたので、そのイメージでした。
〇〇のおとうさんは季節になるとどこからか野生のマツタケを大量に獲ってきたりして、末端日本人シックにもお裾分けが回ってきました。海産物が回ってきたこともありました。
姿は見たことがなく、名前は忘れましたが、「大山のお父さん」だったかな。
もしそうだとしたら、、、草創期に為替問題で国際指名手配になってた人ですね。ワオ!





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