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郷愁の「自由アジア・ラジオ」の摂理/7-5

外為法違反?戦争孤児ではないリトルエンジェルスからの続き


  郷愁の 「自由アジア・ラジオ」の摂理


知っている人は誰もいない?
今日明日の(信仰)生活に関係ないと言うなかれ。

名前だけは聞いたことがあるような ないような、
とおい銀河の星々ができた頃の出来事のようですが
そのごまかし方に見覚えがあるようで
そこはかとなく郷愁をさそう
自由アジアの反共ラジオ放送摂理
後に新聞社の摂理にもつながるようです




龍明小説7-5


The next project for KCFF was Radio of Free Asia (ROFA), launched in 1966.

アメリカに作った韓国文化自由財団(KCFF)の次のプロジェクトは、1966年にスタートした「自由アジアのラジオ」(ROFA)である。

それは”ラジオ・自由ヨーロッパ”をモデルにし、北朝鮮、中国、北ベトナムに向けて、韓国から反共産主義の番組を放送するというものだった。

しかし文鮮明教祖と朴ポヒは、それにひねりを加えて、特別な工夫をした。
韓国での放送設備費用のため募金を募る大量のメールをアメリカ人に送りつつ、一方でKCIAを通じて送信機やスタジオを無料で使えるように手配する。
そうすれば、集まったお金は、必要に応じて統一教会やその他の文教祖の活動に注ぎ込むことができる。

自由アジア・ラジオは、KCFF(韓国文化自由財団)のプロジェクトだったので、KCFFが持っているアメリカの著名人リストは、ラジオの宣伝に使うことができた。

それは、表の名目と裏の目論見が一体となったムーニーの多目的事業だった。
反共主義の推進、韓国政府に対する自分たちの価値向上、アメリカでの知名度向上、そして文教祖の金儲けにもなるのだから。

朴ポヒは興奮して、寄付候補者に、
「このプロジェクトは、過去30年間でアジア本土の共産主義者に対して行われた最も大胆な事業の1つです」
と説明した。


ラリー・メイズ(Larry Mays)は、朴が”邪魔にならない程度に役に立ってくれるだろう”と考えた人物だ。
1965年に朴が出会ったメイズは、ボルチモアで住宅ローンのブローカーをしていた。
彼は統一教会の教義には興味がなかったが、反共産主義への献身に共感して朴に引き付けられた。
2人は良い友人になった。

1966年6月にワシントン・ヒルトンで昼食をした時、メイズは、朴がヤン特別大使にこう提案したのを聞いて驚いた。
「メイズさんに自由アジア放送の初代国際議長になってもらってはどうでしょうか」

持ち上げられ、気を良くしたメイズは、すぐにそれを引き受けた。そ
の数週間後、朴はメイズをKCFF財団の理事に選出した。

朴ポヒは、メイズが温厚で柔和な人物であることを知った。
彼は熱心だが、お金がどこから来たのか、どこへ行ったのか、といったことは聞かなかった。
彼は善良な反共産主義者だった。

彼自身は何の力も持っていなかったが、中程度の影響力のある人脈をいくつか持っていた。
彼の存在で、自由アジア・ラジオの中枢は韓国人とアメリカ人が共同していると見せかけることができた。
ラリー・メイズがいれば、朴は楽に物事を進めることができる。

ラジオの第1回放送の目標日まで、あと2カ月しかなかった。
目下の課題は、朴、ヤン、メイズの3人が韓国に行き、政府と交渉して放送開始の許可を得ることだった。

KBSという国営放送局の50万キロワットの送信機を使うことになるだろうと朴は言い、メイズはその費用は自由ラジオの資金で賄うことになるだろうと考えていた。

朴はメイズに言った。
「きみは国際議長として、朴正煕大統領や首相、その他の著名人と会談することになるだろう。韓国で、きみの存在は重要になるよ。しかし、その前に1つ問題がある。」

自由ラジオの交渉のため韓国に行くには、金ヒョンチョル駐米大使の承認が必要だったのだ。
メイズは言った。「なぜそれが問題なんだい?」

「それはだな、金大使は、昨年リトル・エンジェルズが十分な資金がないのに渡米したので、KCFF財団には新しいプロジェクトを引き受けるだけの資金がないのではないかと疑い、許可を渋っているんだ」
と朴は説明した。

実際、朴はリトル・エンジェルズの来訪でKCFFを2万ドル以上の赤字にしていた。
金大使は、KCFFが深刻な財政難に陥ると、ワシントンでの韓国のイメージが悪くなることを心配していた。
リトルエンジェルスのプロジェクトは、基本的には韓国のためになるものだと思っていたが、朴ポヒのお金の使い方には疑問を感じていた。

朴がソウルの政府上層部にコネを持っているため、金が彼をコントロールできる範囲は限られており、朴がワシントンで問題を起こしたときに、金は責任を取らされるのを嫌った。

メイズは、自由ラジオには十分な資金があるとばかり思っていた。
「4万ドル以上の寄付金があると言わなかったか?」
メイズは、財務記録を見せてほしいと頼んだことはなかった。
パンフレットを見ただけで、すべてに問題がないと思っていた。

「そうだ。それは確かだよ」
朴はメイズに請負ったが、その後こう言い始めた。
「だがこうしてはどうだろう。自由アジア・ラジオはきみのアイデアだということにするんだ。それできみが旅費を私宛に小切手で支払い、それを私が金大使に見せる。そうすれば大使も納得するんじゃないかな?」
メイズは、翌日の大使館での会合に朴が持参すべく、1万ドルの小切手を書くことに同意した。

予定通り、メイズは金大使に、自由ラジオのアイデアを思いついたのは自分だと言い、それをヤン前大使に提案し、ヤン前大使は朴に伝え、KCFFの理事たちの承認を得たと話した。
金大使は納得し、韓国行きがOKになった。


ソウルでは、朴とヤンが本当の仕事をしている間に、メイズは朴の図らったプログラムにより、どうでもいいことで忙しくさせられていた。
メイズには儀礼的に秘書と運転手がつき、彼はチョン・イルグォン首相に彫刻入りのトロフィー(パクが用意したもの)を贈った。
KCIAのキム・ヒョンウク局長を訪問したところ、メイズは「ゴールに向けての舞台裏、 ローレンス・メイズ氏へ」と刻まれたプレートを受け取った。

メイズは、ラジオ放送プロジェクトに関する表面的な知識しか持たずに韓国に来たのだが、会議ではほとんどが韓国語での会話であったため、それさえも役に立たなかった。

しかし彼は、英語でひとつ重要な情報を拾い上げた。
政府の放送局長に、朴がアメリカ人から7万ドルの寄付があったと言ったのを聞き取ったのだ。

バンドー・ホテルに戻ったメイズは、この数字と朴がワシントンで話した4万ドルとの違いを口にした。
「そうだ、全部で7万ドルだ」朴はあっけらかんとして答えた。
メイズは初めて厳しい口調で言った。
「それなら差額分は、あなたが負担するべきだ」

「なに、心配することはない。ほかの所の経費に、追加で使わなければならなかったんだよ」
「何のために?」 メイズはたたみかけた。
「そのお金は、統一教会のために使ったんだよ」
と朴は説明した。
一緒に住んでいるいとこの教会員李ジョンが空手教室で得た利益をすべて朴に渡して、ワシントンのS通りにある統一教会本部の維持管理費を賄っていたという。
「しかし、教会員の食事や宿泊のために、もっと多くの資金が必要になったんだよ」

メイズは、朴がKCFF(文化自由財団)と統一教会の境界線をどこに置いているのか、そもそも境界線があるのかどうか疑問に思った。
(つづく)





駐米韓国大使が心配するKCFF財団のお金は、朴氏によってワシントン統一教会の運営費用と文教祖御一行の世界巡回旅行の費用に流れたのでしょう。

天然でしぶとく、異様なキャラ立ちの東洋人・朴ポヒ大佐と、
コケにされる まぬけで 善良な反共アメリカ人、メイズ氏との
珍道中ノンフィクションをお楽しみください。





参考資料

全面的に↓↓を参考(ほぼ翻訳)
Gifts of Deceit  Chapter 2  
by Robert B. Boettcher (1980)
https://howwelldoyouknowyourmoon.tumblr.com/post/182485703173/gifts-of-deceit-sun-myung-moon-tongsun-park-and




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