「「真の母」危うし/そういう意味での“家族”/6ー9」
からの続き
いよいよ
始まったか 夫婦の戦い
亀子vs龍明
龍明小説6-10
3家庭候補の高弟子たちとの性儀式を文教祖から指示されて、「3日間だけ待つ。よく祈ってみなさい」と言われた亀子。
それまで通っていた衛生看護科の高校は辞めたばかりで、この結婚がなくなったらもう行き場がない。
このまま拒否して文教祖に捨てられたらと思うと恐怖だった。
熱烈な信者である母親もどれだけがっかりすることだろう。
亀子は自分に言い聞かせるように考えた。
ー こんなこと、ふつうの結婚ではないわ。
それが神の摂理だというのかしら。
そういえばお母さんもふつうの結婚はしていない。
信仰で結婚し、女性としての幸福は犠牲にしたということね。
神の啓示に従って私が生まれたと言っていたわ。
だから私には神様以外のお父さんはいないのだと。
文先生、あの方も、これは神の摂理だと言っていた。
神様の啓示で摂理でないならば、このようなことは判断できないことだから、さあ無私になって祈ってみましょう。
そして常日頃祈る母親の姿の真似をして、神憑り的にヒステリックになって祈ってみた。
すると何か変な霊界に通じたのか、何なのか、
「神様のみ意が何であったとしても、神様の摂理の目的がどのようなものであったとしても、私はあなたのしもべとして、どんなことでも命じられるままに従います!」
という心境になってしまった。
***
「そうか、決心してくれたか、カン亀子‥」
龍明は嬉しそうにニカニカしながら言い、
「ああ、カン亀子が、朝鮮に生まれたのだなあ」
と意味不明なことを口走って、すぐ出て行こうとした。
「でも1つ条件があります」 亀子は言った
「お?」
「こういうのは今回だけですよ」
「ああそりゃそうだ、3家庭は特別だから今回だけ、分かった分かった。
これから先、祝福家庭はどんどん増えるだろうが、それはそれ、わしが復帰のプログラムを考えよう。
今だってあと30組以上が順番を待っているんだが、カン亀子は今回だけ。以降はもったいないと。もちろんだ、任しとけ。
わしが霊的な世界のプログラムをすべてそのように組み立てて、復帰の道はこのように行くのである!と全世界に宣布してみせようぞ」
彼は新妻の前で格好付けて見せた。
亀子はそれには構わず、仏頂面をして言った。
「それから儀式の一段階ごとに日を改めることにしてください」
「3日かけるということか? おまえ、9回ぐらい1日でチャッチャとやっちゃえよう」
「あなたじゃないんですから」
「そうか、分かったよ、亀子。まったく、丁得恩のようなことを言いおる。じゃ式次第をそのようにするよ。ああ忙しい忙しい」
龍明は部屋を出て行こうとした。
亀子は追い討ちをかけた。
「あなたも今回だけですか?」
「ほぇ?」
「将来、次の30何組の祝福時には、女弟子と実体儀式なさらないですね?」
亀子は知らなかったが、彼は今回の3人も含めて30何人の代表的な女弟子のほとんどと、50年代に性儀式を済ませている。
が、それは入信儀式としてだった。
入り口の段階でそれをするのは、後で問題が起きやすく、世間的に命取りになりかねないことを経験で知った。
55年の逮捕収監中に、国軍情報部の男にもそれを厳しく指摘され、封印することを約束したのだ。
60年以降は、表向きは封印し、秘儀中の秘儀として、選ばれた篤信の信者同士の祝福結婚に絡めて密かに行おうと彼は計画していた。
ーわしが今回だけかだって? 入信儀式でやっているものを祝福儀式でやらんわけにはいかんだろ。
と彼は内心また変な理屈を付けて、
「うー、ああ忙しい、忙しい」
とだけ言い、さっさと部屋を出て行ってしまった。
この時、亀子は「ちっ、逃げたか」と舌打ちしたとか、しなかったとか。
この50数年後には、龍明亡き後、独生女という女メシア、女教祖に成り上がるはずの亀子であった。
***
ところで3弟子のうち、金栄輝だけがまだカップル合意をしていなかった。
彼の父親は宗主国日本の早稲田大学に留学(文教祖と違いコチラは本物だ)した裕福な家庭で、彼自身はソウル大学理工学系を出た。
その分野のエキスパートとして軍の施設で忙しく勤める身であり、他の者に比べると教会に顔を出す機会が少なかったからだ。
そんな中、彼がたまたまソウル教会本部に来た時、初めて祝福結婚の話を聞いた。
わけ知り顔の崔元福夫人が近寄って来て、
「あなたが大和さんとマッチングされれば、文先生もお喜びになると思います」
と言ったのだ。
(え、え? 大和ってあの鄭大和さんのことかな、えーと‥)
あまりにも突然のことで、考えを整理する時間もなかった。
そこへ文教祖もやってきて、
「どうだ、お前、鄭大和と祝福を受けるのお、受けないの。
受けるんだろ、ふぁ?」
と、聞いてきたので、思わず「はい」と答えた。
こうして3組目が成立した。
***
ついに、カン亀子主宰の儀式の日がやってきた。
(つづく)
参考
*前回、前々回に準ずる。
https://ameblo.jp/chanu1/entry-12092087265.html
聖婚式が挙行されたのは、一九六〇年四月十一日(陰暦三月十六日)でした。聖婚日の一カ月前に、お父様が夢に現れ、神様からの特別な啓示を受けました。
「その日が近づいたので、準備しなさい」と、啓示が下りたのです。その時から、いわば天が求婚をしたというより、天の訓令が下されました。訓令があった時、私は完全に自我を離れた立場に置かれました。私はその時、天の摂理でなければ、そのような大きなことを判断することはできないと思ったので、無私になる以外にありませんでした。そして祈祷せざるを得ませんでした。
「今まで私はみこころ意のままに生きてまいりました。今、神様のみ意が何であったとしても、神様の摂理の目的がどのようなものであったとしても、私はあなたのしもべ僕として、どんなことでも命じられるままに従います」。啓示に対して、このように誓いました。それは、私が十八歳(数え)の時の春二月ごろでした。』
(2008年発刊「真の母の七年路程と日本」より 真のお母様の証 1977年5月3日)
三月一日(陰暦)に約婚式を行い、三月十六日(陰暦)には、昼と晩の二回聖婚式がありました。』
(洪順愛大母様の証 1973年12月21日 東京教会(「続・清平特別祈祷修練会の手引き」より))
* * *
http://www.tparents.org/library/unification/talks/Kim-09/Kim-101200.htm
Recalling the Three Couple Blessing
Young Whi Kim
December 2010
金栄輝の証
ソウルの本部教会に来た時、祝福の話を聞きました。チェ・ウォンポク夫人が「あなたが大和とマッチングされれば、お父様も喜ぶと思います」とおっしゃっていました。あまりにも突然のことで、私には考えを整理する時間がありませんでした。そしたら、真の父が「大和と祝福を受けるのか」と聞いてきたので、「はい」と答えました。それで婚約の祝福を受けることになりました。その会話は旧暦二月の後半、真の父母の婚約の一日か二日前に行われました。
お父様は聖婚式に招待された人たちに、ご自分の印鑑を押した入場券を配りました。お父様は受け取った人たちに「この入場券を持っていれば、地獄に落ちた人でも天国に行くことができます」と言いました。
1961年に祝福を受けた33組の夫婦は、40日聖別期間と3日儀式を行いましたが、私たちが祝福を受けた時には、このような儀式はありませんでした。
* * *
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亀子vs龍明
龍明小説6-10
3家庭候補の高弟子たちとの性儀式を文教祖から指示されて、「3日間だけ待つ。よく祈ってみなさい」と言われた亀子。
それまで通っていた衛生看護科の高校は辞めたばかりで、この結婚がなくなったらもう行き場がない。
このまま拒否して文教祖に捨てられたらと思うと恐怖だった。
熱烈な信者である母親もどれだけがっかりすることだろう。
亀子は自分に言い聞かせるように考えた。
ー こんなこと、ふつうの結婚ではないわ。
それが神の摂理だというのかしら。
そういえばお母さんもふつうの結婚はしていない。
信仰で結婚し、女性としての幸福は犠牲にしたということね。
神の啓示に従って私が生まれたと言っていたわ。
だから私には神様以外のお父さんはいないのだと。
文先生、あの方も、これは神の摂理だと言っていた。
神様の啓示で摂理でないならば、このようなことは判断できないことだから、さあ無私になって祈ってみましょう。
そして常日頃祈る母親の姿の真似をして、神憑り的にヒステリックになって祈ってみた。
すると何か変な霊界に通じたのか、何なのか、
「神様のみ意が何であったとしても、神様の摂理の目的がどのようなものであったとしても、私はあなたのしもべとして、どんなことでも命じられるままに従います!」
という心境になってしまった。
***
「そうか、決心してくれたか、カン亀子‥」
龍明は嬉しそうにニカニカしながら言い、
「ああ、カン亀子が、朝鮮に生まれたのだなあ」
と意味不明なことを口走って、すぐ出て行こうとした。
「でも1つ条件があります」 亀子は言った
「お?」
「こういうのは今回だけですよ」
「ああそりゃそうだ、3家庭は特別だから今回だけ、分かった分かった。
これから先、祝福家庭はどんどん増えるだろうが、それはそれ、わしが復帰のプログラムを考えよう。
今だってあと30組以上が順番を待っているんだが、カン亀子は今回だけ。以降はもったいないと。もちろんだ、任しとけ。
わしが霊的な世界のプログラムをすべてそのように組み立てて、復帰の道はこのように行くのである!と全世界に宣布してみせようぞ」
彼は新妻の前で格好付けて見せた。
亀子はそれには構わず、仏頂面をして言った。
「それから儀式の一段階ごとに日を改めることにしてください」
「3日かけるということか? おまえ、9回ぐらい1日でチャッチャとやっちゃえよう」
「あなたじゃないんですから」
「そうか、分かったよ、亀子。まったく、丁得恩のようなことを言いおる。じゃ式次第をそのようにするよ。ああ忙しい忙しい」
龍明は部屋を出て行こうとした。
亀子は追い討ちをかけた。
「あなたも今回だけですか?」
「ほぇ?」
「将来、次の30何組の祝福時には、女弟子と実体儀式なさらないですね?」
亀子は知らなかったが、彼は今回の3人も含めて30何人の代表的な女弟子のほとんどと、50年代に性儀式を済ませている。
が、それは入信儀式としてだった。
入り口の段階でそれをするのは、後で問題が起きやすく、世間的に命取りになりかねないことを経験で知った。
55年の逮捕収監中に、国軍情報部の男にもそれを厳しく指摘され、封印することを約束したのだ。
60年以降は、表向きは封印し、秘儀中の秘儀として、選ばれた篤信の信者同士の祝福結婚に絡めて密かに行おうと彼は計画していた。
ーわしが今回だけかだって? 入信儀式でやっているものを祝福儀式でやらんわけにはいかんだろ。
と彼は内心また変な理屈を付けて、
「うー、ああ忙しい、忙しい」
とだけ言い、さっさと部屋を出て行ってしまった。
この時、亀子は「ちっ、逃げたか」と舌打ちしたとか、しなかったとか。
この50数年後には、龍明亡き後、独生女という女メシア、女教祖に成り上がるはずの亀子であった。
***
ところで3弟子のうち、金栄輝だけがまだカップル合意をしていなかった。
彼の父親は宗主国日本の早稲田大学に留学(文教祖と違いコチラは本物だ)した裕福な家庭で、彼自身はソウル大学理工学系を出た。
その分野のエキスパートとして軍の施設で忙しく勤める身であり、他の者に比べると教会に顔を出す機会が少なかったからだ。
そんな中、彼がたまたまソウル教会本部に来た時、初めて祝福結婚の話を聞いた。
わけ知り顔の崔元福夫人が近寄って来て、
「あなたが大和さんとマッチングされれば、文先生もお喜びになると思います」
と言ったのだ。
(え、え? 大和ってあの鄭大和さんのことかな、えーと‥)
あまりにも突然のことで、考えを整理する時間もなかった。
そこへ文教祖もやってきて、
「どうだ、お前、鄭大和と祝福を受けるのお、受けないの。
受けるんだろ、ふぁ?」
と、聞いてきたので、思わず「はい」と答えた。
こうして3組目が成立した。
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ついに、カン亀子主宰の儀式の日がやってきた。
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「その日が近づいたので、準備しなさい」と、啓示が下りたのです。その時から、いわば天が求婚をしたというより、天の訓令が下されました。訓令があった時、私は完全に自我を離れた立場に置かれました。私はその時、天の摂理でなければ、そのような大きなことを判断することはできないと思ったので、無私になる以外にありませんでした。そして祈祷せざるを得ませんでした。
「今まで私はみこころ意のままに生きてまいりました。今、神様のみ意が何であったとしても、神様の摂理の目的がどのようなものであったとしても、私はあなたのしもべ僕として、どんなことでも命じられるままに従います」。啓示に対して、このように誓いました。それは、私が十八歳(数え)の時の春二月ごろでした。』
(2008年発刊「真の母の七年路程と日本」より 真のお母様の証 1977年5月3日)
三月一日(陰暦)に約婚式を行い、三月十六日(陰暦)には、昼と晩の二回聖婚式がありました。』
(洪順愛大母様の証 1973年12月21日 東京教会(「続・清平特別祈祷修練会の手引き」より))
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Recalling the Three Couple Blessing
Young Whi Kim
December 2010
金栄輝の証
ソウルの本部教会に来た時、祝福の話を聞きました。チェ・ウォンポク夫人が「あなたが大和とマッチングされれば、お父様も喜ぶと思います」とおっしゃっていました。あまりにも突然のことで、私には考えを整理する時間がありませんでした。そしたら、真の父が「大和と祝福を受けるのか」と聞いてきたので、「はい」と答えました。それで婚約の祝福を受けることになりました。その会話は旧暦二月の後半、真の父母の婚約の一日か二日前に行われました。
お父様は聖婚式に招待された人たちに、ご自分の印鑑を押した入場券を配りました。お父様は受け取った人たちに「この入場券を持っていれば、地獄に落ちた人でも天国に行くことができます」と言いました。
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2021/02/02 (火) [龍明小説6&7]
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