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元祖・借金の女王 呉永春 イネーブラー/5-6

「梨花女子大’55 女史らが大変なことに…❗️韓忠ファの悲劇/5-5」からの続き


元祖・借金の女王、
6マリアの1人、呉永春女史
文教祖のザ・イネーブラー

日本食口以上に(?)借金で苦労してばかを見た
その金で教祖は無罪、家庭は崩壊

もう借りるな、そこまでするな、バカやめろ
場外のやめろコールがとまらない……




龍明小説5-6


1955年3月、梨花女子大学の教授たち 5人が、統一教会に入信したことで、大学当局より免職処分を受け、5月には、14人の学生が同じ理由で退学処分になった。
それだけでは終わらず、7月4日、警官が教会に踏み込み、文龍明教祖が逮捕された。
彼は信者たちに、「すぐに戻ってくる」と言って教会を出たが、翌日になっても戻ってこなかった。
それどころか、金ウォンピル、劉孝元など、4人の幹部たちまでも次々と拘束されていったのだ。


その頃、教会を支える信者の中に、呉永春という裕福な家庭の夫人がいた。
母方の実家は腹中教で金聖道教祖を信じており、彼女も熱心なキリスト教的信仰を持っていた。

39才の時に李ヨハネ牧師を通して、文教祖を再臨の主として信じ、復帰の性儀式を受けてからは、文教祖が困難にぶつかる度に世話役を仰せつかった。

何か問題が起こり、借家を追い出されると、彼女が次の居場所を探し回り、引っ越し費用を肩代わりすること、4回も繰り返していた。
他の6マリアたちとの旅館代、交通費、渉外費なども彼女が負担することが多かった。


龍明が拘束される1か月ほど前の6月初旬、呉永春は龍明に呼び出された。
「梨花女子大問題で、こっちもやばいことになりそうだ。
大金が必要になるだろう。
教会に信者たちは大勢いるが、ほとんど新参者で、頼りにはならない。
こんな時、頼れるのは、あなたしかいないんだよ。
資金を調達してくれないか」

2年前に入信して以来、共依存に陥っている彼女は、彼の頼みに逆らったことがない。
夫の金を引き出すのはもう限界だったが、たとえ借金をしてでも資金を作らなくては、と彼女は思った。
動悸が激しくなり、アドレナリンがでて、何も怖くはなかった。

幸い彼女は知人たちに信用があったので、まず10万ウォンを借り、また10万ウォン、次は30万ウォンを借りた。
利息は10%だった。

それを文教祖に捧げたが、その金は全部、盧東輝氏(Noh Dong-hwi)のふところに入ることになった。

それにより落とし穴を全部塞いだと思ったが、1ヵ月後、また別の穴が開き、文教祖と幹部たちは逮捕され、西大門刑務所に拘留されてしまった。

この問題について詳細を話し合う人はいなかったが、裏工作でも何でもやるしかないと彼女は思った。
信者の中にDong Seok Jo(朱東石?)という人がいて、彼は警察関係の経験があると聞いた。

彼女は教祖解放の任務を遂行するために、その人を信頼して、彼にお金を渡し始めた。
20万ウォン、次は30万ウォン、ついに50万ウォンをつぎ込まなければならなかった。

彼女たちは、ある日は検察官に会い、次の日は弁護士に会った。
これらの人たちに会った時、話されることはただ一つ、常に金銭のことだった。
まるで彼女が銀行を所有しているかのように、金銭が要求されたのだ。
呉永春女史は、何が何でもお金を用意しなくてはならなかった。


数か月が過ぎ、債権者が絶えず返済を迫ってくるようになった。
彼女は重症の多重債務に陥っていた。

時々、30%の利息で借り入れをしたが、神のみ旨のためにそうしたので、良心の呵責は感じなかった。

ただ返済できないのはつらいので、金を儲けるために、これまでやったことがない商売を始めることにした。

彼女は100万ウォンを投入し、近くの米軍基地からの需要を見込んだ店をヨンサン駅近くで開いた。
米兵たちは夜中の2時までやって来て、朝は4時から群がり始めた。

店は何人かの信者に手伝いを頼んだが、呉永春は、寝る間も食べる間もないような状態になった。

彼女の目標は、文教祖の無罪宣告と釈放。
自分や家庭のことは省みず、拘留された教祖・幹部らの面会と金策に明け暮れていた。

極度の寝不足のため、歩きながら眠り、電車の中でも寝過ごすので、なお家に帰るのが遅くなった。
家では6人の子供たちがかたまって座ってお母さんを待っており、
「どうしてこんなに遅くなったの?」
と、心配そうに聞くのだった。


拘束から3か月後の10月4日、ついに文教祖が無罪釈放された日、彼女は深い喜びを感じたが、体がどうにも動かないので、全員が出迎えに出かけてしまった教会で、1人留守番をしていた。


程なく幹部たちも釈放され、その後、教会をチョンパ洞地区に引っ越すことになった。

新しい教会のリース代は70万ウォン。
すでに食口たちが、200万ウォンを集めており、リース代を払った残りを彼女の借金の返済に充ててくれることになっていたが、出所した龍明は、教会はリースでなく買い取れと指示した。
それで結局200万ウォンは、全て教会建物を買う費用に充てられてしまった。

そうこうしているうちに、ヨンサン駅近の店は消滅した。その頃までには彼女の負債がどうしようもないところまで膨らみ、持ちこたえられなかった。
こうなった時のことを見越して、教会に矛先が向かないように、彼女は取引の記録を書面に残しておかなかった。全て頭の中だけに記録しておいた。


皆がチョンパ洞教会に引っ越した後で、龍明は呉夫人を呼んで、結局いくら費やしたのか尋ねた。
そこで彼女は状況を伝えた。


彼女の家庭は、極端な借金、ネグレクトなどが原因で崩壊寸前だったが、55年の末に離婚になり、子供たちもみな父親について原州へ去っていった。

ひとりになった彼女は、食事係としてソウルの教会に住み込み、しばらくは無事に過ぎた。

しかしそのように教会に身を潜めても、結局債権者らは彼女を探し出し、取り立てにやって来た。

文教祖は、ひとまず火急の分を払うのに、50万ウォンを彼女にやった。
その後、彼はあまり話さなくなった。


5年経っても、状況はほとんど変わらなかった。
1960年、彼女は文ノ龍明教祖の聖婚式の衣装をやっとのことで縫い上げた。
それを教会に届けての帰り道、バスを降りた所で、債権者の1人に出くわした。

債権者は何年ぶりかに彼女をとっ捕まえて、そのまま行政書士事務所まで引きずるようにして連れて行った。

長い事情説明の後、行政書士が言った。
「早急に返済できないのなら、これまでの利子と元本を合計したこの正式な借用書類にサインして下さい」

仕方なくサインをし、かろうじてその場を放免された彼女は、急いで教会に向かった。
式前にしなくてはならない用事が、まだたくさん残っていたのだ。
結婚衣装にアイロンをかけ、細々とした準備をこなし、ギリギリで文教祖の聖婚式を整えることができたのだった。


その後、1972年にアメリカに越すまでは、いつ借金取りに捕まるか、安心して動き回ることができなかった。
70年代、文教祖のアメリカの大邸宅の庭で、教祖や幹部たちと一緒に微笑んでいる呉永春の写真が残っている。

1980年代後半に、彼女は70代で、教会と決別し、
90年代には、「6マリアの悲劇」の出版に協力した。

「6マリアの悲劇」 P155より引用

そのあと呉明春(呉永春)執事は、教会にいられなくなり、仕方なくアメリカにいる息子の所へ行って、しばらく暮らしていた。
ところが、そちらにもいられなくなり、今はフィリピンにいる子どもを頼って行ったらしい。
ソウルに住む娘にしても、文鮮明から祝福の結婚をしたが破れて離婚してしまった。今さら自分の家に来るのをそう喜ぶはずがない。

 劉孝敏と私が今年の春、呉明春を訪ねていくと、その娘さんから「出ていってくれ」と言われているということだった。今ごろは異国で、どんな老後を過ごしているのだろうか?
https://六マリアの悲劇.com/%E7%AC%AC%E5%9B%9B%E7%AB%A0/
 

キャプチャo1




⁂ 主に「呉明春の証(英語版)」の事実をもとにしています。
(日本語版は最近ネット上から削除されました。)
いくら読んでも途中で借金総額を見失しないます。当時のレートは分かりませんが。
55年前後の韓国の通貨単位は、「ウォン」でなく、「ファン」だということですが、証にはウォンと書いてありました。
金持ち文教祖はちょっとだけ払い、あとは知らん顔でしたね。
無責任だと思います。

呉永春女史がやっていたというヨンサン駅近の米軍相手の店とは、「6マリアの悲劇」では「小さな食堂」となっていますが、実のところは売春宿だったろうという意見があります。さてさて。そんな匂いも無きにしも非ずです。

https://howwelldoyouknowyourmoon.tumblr.com/post/114617221458/did-moon-followers-use-money-from-prostitution-to
「弟子たちは、姦通で訴えられ投獄された文教祖を釈放するために、売春事業で設けた金を使ったのか?





<参考資料/サイト>

呉永春の証(英語版)
http://www.tparents.org/Library/Unification/Talks/Oh/Oh-130501.htm

https://howwelldoyouknowyourmoon.tumblr.com/search/呉永春

https://howwelldoyouknowyourmoon.tumblr.com/post/114617221458/did-moon-followers-use-money-from-prostitution-to

https://howwelldoyouknowyourmoon.tumblr.com/post/114798987903/moons-close-aide-yeong-choon-oh-left-the-uc-and

https://ameblo.jp/chanu1/entry-12091778173.html
「実録・洪順愛大母様の生涯と信仰 忠心奉天の道」(成和出版社)より
呉永春氏は、腹中教に通っていたころから、(大母様と)血のつながった姉妹以上に親しくしており、大母様が春川で獄中生活をしながら苦労された時には、二十回以上も面会に来た、同い年の友人であった。




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コメント

借金してでも貢ぐ
借金して献金してたのは、今に始まったことではなく韓国の初期からだったということになりますね。

何も変わっていなかった教祖の思考、サイコパスの極みが文龍明だったとなりますかねぇ~。
Re:借金してでも貢ぐ
ナツミカンさん、
>借金して献金してたのは、今に始まったことではなく韓国の初期からだったということになりますね。

そういうことです。
呉夫人は、一般人からだけでなく、信者(食口)からもお金を借りたようです。
教祖解放のために使ったのに、信者からも取り立てに合って苦しかったと証にあります。

つまり、教会(幹部)が一般信者からお金を借りて返さない、これ何て言う、「借り入れ」? そんなのも初期からあった体質ということですね。
呉執事と言っていたようですが、元祖・婦人部長のようです。



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