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2020年07月の記事 (1/1)

朝鮮戦争の真実・米ソが結託して始まった!/4-3

統一教会フンナム支部。ふらふらしていると本当に死ぬ「完全投入」/4-2 からの続き



     朝鮮戦争は 
         米国とソ連が 
            結託して始まった!




バケツの底が抜けたようになり、小説としては破綻しています。
小説であろうとすることを「イサク献祭」したか(笑)、
または自己放棄したといおうか、形式としては
失敗かもしれませんが、試行錯誤中です。
最後まで読んでくださると嬉しいです。
タイトルに興味ある方は、下の方の動画をどうぞ。




   龍明小説4-3


工場の作業班で、仕事の要領を教え世話をしてやった新入りの囚人が、1ヶ月後には、軍隊経験を買われ、全囚人を束ねる総班長に抜擢された。
 その囚人総班長・朴正華から「先生」と慕われた龍明は、彼から様々な便宜を受けることができた。( 「龍明小説4-1」より)


朴正華の後の著書によると、龍明との出会いはこうだ。

工場に移送されて間もない朴は、40キロの肥料が入った叺(かます袋)の荷造りで悪戦苦闘していた。
すると10人の組員のなかでもひときわ丈夫そうな30歳くらいの人が来て、「教えてあげましょう」と言った。彼は慣れた手つきで自分の仕事を軽く片づけながら、朴に手とり足とり荷造りの要領を教えてくれた。

カッコいい登場の仕方である。

朝、運動場に出ると朴は、急いでその人を探してその後ろに座るようになった。
点検が終わるとその人と二人一組になって、肥料工場まで手をつないで歩くことができるからだ。

朴さん、メロメロになってしまったようである。

こうして朴は7才も年下の龍明の思惑に嵌ってゆくことになる。
彼は後にこう書いている。

「獄中で私は総班長の立場を利用して時間をつくり、文鮮明(本名:龍明)から何週間にもわたって話を聞いた。今から思えば、彼にとっては都合の良い伝道であり布教活動だったと思う。
そして彼の説く創造原理や復帰原理とは、実は彼が教えを受けた金百文や李龍道の理論のコピーであり、受け売りにすぎなかったことを、ずっと後になって知った。」


彼はいつものように、
 「総班長として、ちょっと用事がありますので来てください」
と龍明を呼び出し、静かな倉庫の中の空き叺の山の上へ登り、二人で向き合って座った。

総班長には作業場でのこうした自由が認められており、看守も囚人も文句をいう者は一人もいない。

「我々がどんなに過酷な仕事をしているか見て下さい」
龍明は言った。
「指は出血するし、、肥料の山は、何か月経っても全く減らないように見えるし」
「はい、わかります」 朴は答えた。

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統一教会フンナム支部。ふらふらしていると本当に死ぬ「完全投入」/4-2


  教会フンナム支部。
    ふらふらしていると本当に死ぬ。完全投入





 
ノンフィクション度が高いことは前回と同様です。
フンナム刑務所の中でのことは、特殊な環境下の懲役で、大筋には関係ないので小説から抜かそうと思い、前回4-1ですでに、500ポンド爆弾でフンナム工場をぶっ壊す!してしまったのですが、時間を戻してやっぱり一回書くことにしました。

ブリーン氏の資料(「The death camp」)をじっくり読んでみると、なぜか修練会を思い出すし、もう統一教会生活自体、いわゆる御旨生活(信仰生活)自体が、このようなフンナム状態を心象的に作り出してなされていたような気すらします。

象徴的にいうと、これは特殊な世界で関係ないのではなく、統一教会ではこれこそが通常運転の普通の世界だったといえるでしょう。勢い自分が生き残るための信仰になってゆくのも不思議ではありません。

今回の内容は、前回 「フンナムから見た朝鮮戦争・龍明 生き生き?/4-1」 の第2段落あたりに挿入すると、時系列が繋がる内容になります。



 



    龍明小説4-2



1948年5月に、龍明がフンナム収容所に到着した時、宿営地は悲惨な雰囲気が漂っていた。
まさに死の収容所のように見えた。

1500人を数える収容者は、各監房に40人が詰め込まれ、衰弱して生気がなかった。

最初は約10パーセントが政治犯、さらに10パーセントが職務怠慢罪の兵士や公務員、残りが犯罪者だったが、政治犯の数がどんどん増えていった。

今や政治犯だけで別個の小屋に収容され、工場の作業班も分けて組まれるようになっていた。

しかし政治犯の定義は曖昧だった。
38度線付近で行われた犯罪であれば、越境して牛を売ったことでさえも政治的犯罪と見なされていた。

人民軍の団長だったある思想犯は、野原で「長寿・金日成!」の旗を射撃訓練の標的に使った罪で5年の刑をくらっていた。
「だってよ、他に的になる物が何もなかったからさ」と彼は囚人仲間にこぼした。


龍明は、第2刑舎の第5監房に入れられた。
小屋の外の板に収容者の氏名・罪名・刑期が書かれてあり、彼の同室者は全員政治犯だと分かった。

彼の囚人番号は「596」番。
その数字の発音が、朝鮮語の「不当な苦難」という言葉と同じなので、無実の罪で投獄された自分に神が与えてくれた番号だと思って、力を得た。


▲南側の山から北北西方向に撮った興南(フンナム)収容所の全景写真。
f5.png
撮影時期は1945年9月中頃。https://familyforum.jp/2013072122171



サイレンの音で始まる朝は、塩味の粗末なスープを飲み、整列行進して8時に肥料工場に着く。
きついノルマを課された8時間労働を夕方5時に終え、また行進して宿営地に戻ってくる。

ボディチェックを受け、監房に押し込まれ、朝と同じ薄い汁と一握りの穀物の夕食を済ます。
それで1日が終わりではなかった。

夜は7時半から、各房で「新聞訓読会」を持つことを命じられた。
最初何のことか分からなかったが、看守が、朝鮮労働党の日刊労働新聞を持って来て、字が読める囚人に、社説を大きな声で読み上げるよう命じた。

その後それについて議論しなければならなかった。
何を言うべきか分からず、囚人たちが黙っていると、
看守が、
「作業実績を自己批判し、収容に至った罪状を懺悔すべきだ」
と言った。
彼らは飢えと疲労で意気消沈したまま議論することになった。

時がたちサイレンが鳴り、看守が各房の壁を棒で叩きながら、点呼にやってくる。
逃亡者がいないかチェック終了後、就寝の合図がでる。


▲興南(フンナム)収容所内部と帰国直前の連合国捕虜のようす。
f6.png撮影時期は1945年9月中頃。https://familyforum.jp/2013072122171



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フンナムから見た朝鮮戦争・龍明 生き生き?/4-1



    フンナムから見た朝鮮戦争・
          龍明 生き生き?/4-1




   今回は、
 フンナム生き残りへのインタビュー資料や
 『米空軍公式戦史』参照資料の翻訳、など、
 ノンフィクション度が高いです。

 



  龍明小説4-1




 5年の実刑判決を受けた龍明は、48年5月に、平壌刑務所から遠く離れた東海岸の港湾都市フンナムにある特別労務者収容所に移送された。

 収容所から4キロ弱離れた窒素肥料工場で、毎日重労働を科せられ、食事や生活環境は劣悪だったが、体力に自信があり監獄生活に慣れている龍明は、様々な面で工夫をこらし作業に集中して、それなりに生き生きとやっていたように見える。

 工場の作業班で、仕事の要領を教え世話をしてやった新入りの囚人が、1ヶ月後には、軍隊経験を買われ、全囚人を束ねる総班長に抜擢された。
 その囚人総班長・朴正華から「先生」と慕われた龍明は、彼から様々な便宜を受けることができた。


 収容所では年に4回 祝日があったーー 旧正月、金日成の誕生日(4月15日)、労働者の日(5月1日)、北朝鮮の建国記念日(9月9日)。

 ある祝日の前に、看守が微笑んで、翌日の食事のために牛を一頭屠殺したと囚人たちに告げた。
宿営地には大きな興奮があった。

 「思いやり深い金日成同志は、きみたちが今日牛肉を食することを許可して下さった」
 司令官は国家の指導者を賛美する長いスピーチをした後、集められた囚人らに言った。

 スープが来た時、それは通常のスープと何ら異なるところはなかった。
 「牛は長靴を履いたまま、スープの中を通り過ぎて行っちまったのかよぅ?」
 一般犯罪者の1人が房の中でうめいた。
 「牛の毛一本さえも入っていないじゃないか」

 「薄い肉が何枚か入っているよ」
 作業班長が励ますように言った。

 その後、囚人たちは、祝日の特別食にそれほど沸き立つことはなかった。

 また別の祝日には、クジラ肉がスープに加えられた。
 すると夕方までに、囚人のほとんどが胃痙攣と下痢を起こしていた。
 何人かはかなり重症で、意識を失い、髪の毛が抜け始めた。

 鯨肉が腐っており、中毒をおこしたのだ。
 囚人たちは2日間の闘病休暇が与えられた。
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「彼を殺したい」 重婚の資料 平壌裁判



     「彼を殺したい!」
         重婚の資料
             平壌裁判





「龍明小説3」は、
龍明とジョンファが実刑判決を下されたところで、一応一段落とし、
ここでは参考資料の翻訳・紹介や解説などをします。


大部分がUC教会内では隠蔽され、聞いたことのなかった話ですから、知らなかったことを知ってみるのもいいのではないですかー。
頭の体操、体操。


マイケル・ブリーン氏によれば、48年当時の裁判記録は、北朝鮮のピョンヤンにではなく、アメリカにあるだろうとのこと。
朝鮮戦争時にアメリカ軍が平壌を占領した際、大量の公文書を差し押さえ、箱詰めでUS国立公文書館に収納し、大部分は今でも整理されずそのまま眠っているそうです。


正式な罪名は分かりませんが、社会秩序紊乱罪といわれます。
その内容は人妻との重婚の罪であるという多くの資料があります。
文鮮明氏死亡時のロサンゼルス・タイムスの記事には、はっきり「重婚罪」と書かれています。

それでも文氏は、それは自分に課せられた神の摂理であり、悪いことだとは思っていなかったことが伺われます。
6マリアを認めているサ教さん方も、スッカスカのスルッスルーで抵抗ないのかもしれません。


事件は、日本食口(信者)のあずかり知らない遠い昔のことですが、後々「霊感商法の何が悪い?!」などといった心情(本音)に連綿と受け継がれていると思います。

内容は違えども、誰が見てもご無体な、明らかに犠牲者が出ることを、神の摂理だとして行なってゆく流れのことです。
神を慰めるため? そんな神、いないとおもいます。

神に思いを馳せることは悪くないし、信教の自由ですから、追い詰めるのはやめておこうか。


(分かる人だけ分かればいい話として: 組織の在り方は今はだいぶ改善されている、と、どこぞで複数ハンドルネーム使いらしい二世が言っているようですが、ハンドルで遊んどんのかッ。本当に改善されたならいいことですが、もともとがソレですからね、どうだかですね。でもま、緩くなったことはよかったね)



裁判で判決文が読み上げられた後、文被告は、罪状の一部 “虚偽を流布し、平壌の人々を騙した” を削除しろと要求しました。
 
話は少しずれますが、その結果について、二つの資料で矛盾しているのです。

マイケル・ブリーンの「文鮮明初期の伝記」には
 「裁判官は彼の要求を却下した
The judge ignored the request 」となっており、

『伝統の源流 主と歩んだ教会創立以前の道』 金元弼 には、
「要請を受け入れる」と判事は答えました。と書かれています。
http://mmutyu.web.fc2.com/malsm/dentouno-genryu/dentouno-genryu_05.html


えっ、そんな簡単に要請を受け入れるはずないですよねー。
何のために裁判をやったのか。
イメージアップを図ろうとしているのだろうけど、そこだけ宗教寓話の様相を示しています。

「要請を受け入れると判事は答えました。」→→「お釈迦様はクモの糸を引き上げました」
同じニュアンスがその部分に感じられます(笑)

著者の金元弼氏が嘘をついているのか?

しかしブリーン氏の方は、金元弼氏にも書面によるインタビューをして、伝記を書いているので、もしや『伝統の源流』の日本語訳だけ改竄されている可能性もあります。
 (またはウェブサイト掲載時の問題とか?)

『伝統の源流』のオリジナル韓国語版はどうなっているのか知りたいものです。(誰か見て教えてー)



では本題、参考資料の翻訳
8割以上このサイトの和訳になります。↓↓
https://howwelldoyouknowyourmoon.tumblr.com/post/63203498498/bigamy-i-hate-him-so-much-i-want-to-kill-him

文氏(以下敬称略)は1948年に重婚で有罪判決を下され、この犯罪によって興南収容所へ送られました。
金鍾和は文の「第2の妻」として知られていました。彼女は北朝鮮の出身でした。


《ロサンジェルス・タイムズ 2012年9月3日付》

文氏は……北朝鮮政府下での問題により、1948年に重婚の罪で投獄され、1950年に釈放された。
崔先吉女史との最初の結婚は、1957年に離婚となり幕を閉じた。
彼には彼女との間に息子が1人、1950年代に同居した金明煕女史との間にもう1人別の息子がいた。
その後1960年に若い弟子韓と結婚した。

"Moon … problems with the North Korean government, which jailed him [in 1948] on charges of bigamy … He was freed in 1950.
Moon’s first marriage, to Choe Sung-kil, ended in divorce in 1957.
He had a son with her and another with Kim Myung-hee, who lived with Moon during the 1950s.
In 1960 he married Han, then a young disciple."
 
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文ノイエスに妻を奪われた夫の証言@北韓/龍明小説3-21

タイホきた 裁判きた 平壌の春‘48/3-20 からの続き



   文ノイエスに
      妻を奪われた
         夫の証言@北韓





    龍明小説3-21


 続いてジョンファの夫、鄭ミョンスンが、証言台に立ち、
「文ノ龍明氏は、私の妻と一緒の部屋で暮らしていました」
と証言した。

「それは……夜も同じ部屋で寝ていたということですか?」
と検事に聞かれ、彼は「はい、そうです」と答えた。

 法廷に衝撃が走った。

ーーはっきりさせるためにお聞きしますが、
  家の主人であるあなたはどこに寝ていましたか?

「私は子供部屋で、子供たちと一緒に寝ていました」

 傍聴席のザワザワが止まらない。

ーー法廷では静粛に願います。
  で、あなたはそのことをどう思っていたのですか?

「文ノ先生は、これは神の救済の摂理だとおっしゃっており、当時私も信者でしたので、絶対に主を裏切るまいという気持ちがありました。それでその…… 一時的なこと、仕方ないこととして黙って我慢しておりました」


ーー今このように、あなたが原告側の立場から証言するようになった経緯を教えてください。

「はい、実はあの……ある啓示が降りたという話が文ノ先生からありました。イエス様の十字架時の年齢に合わせ、再臨主は三十代の篤信女と子羊の婚宴を挙げなければならないと、聖霊のお告げがあったというのです」


ーーその、子羊のコンエンとは何ですか?少し説明してください」

「子羊の婚宴とは、聖書の黙示録に出てくる言葉で、再臨のキリストと、教会を表す花嫁との象徴的な結婚の祝宴のことですが、私はそれを聞いた時、嫌な予感がしました。
 そして案の定、妻のジョンファが花嫁に選ばれてしまったのです」
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costaさんと一緒に(笑)6マリアの総復習をしよう



    costaさんといっしょ♪
       
     みんなで 6マリア おさらいしましょッ♫

        (幼 児 番 組 か 〜〜ッ)



統一ブログ村のコスタさんは以前、龍明小説にコメントを下さいましたが、よんどころない事情にて発言を中止した経緯がありました。

今回、costaブログにて、あの時は結局こういうことを言いたかったのだろうと思える文章が、記事の一部としてアップされていたので取り上げてみます。

現役さんの6マリアに関する所見としては「よくまとまっているぞよ。褒めてつかわす」と高飛車な物言いをして煽ることはせず、冷静にコメントしたいと思います。

「あくまでも私見」とのことですが、それは文教祖が語ったみ言葉の中にも共通して散見する内容だと思います。
むろん家庭連合は認めていないでしょうが、文氏が思っていた内容、といいましょうか、信者にこう思わせておきたいといった内容でもあるかと思います。

私見ということなのでそれはそれでいいのですが、まずcostaブログからその文章の引用を示した上で、赤字にした3箇所に関して意見を述べさせていただきます。

https://ameblo.jp/amanohiboko/entry-12609781467.html
「お母様がお父様を選んだ。」について。より引用:

アダム側から考えると、アダムはメシヤの自覚が必要です。
サタンの讒訴条件があってはいけないのです。
これが必須条件です。
これをアボジは生涯守られました。

アダムが誕生すればエバを捜し求めなければなりません。

復帰されたエバは天使長が最も愛する女性でないといけないです。
すなわち、男性が愛する手放したくない奥さんなのです。
その奥さんを探し出すということです。
その女性を迎える必要があります。
絶対的に受身でなければならないのです。
そうしなければその女性が天使長の偽りの愛を命がけで切ってアダムの前に出ることが出来ないからです。

では、その女性の立場から考えてみましょう。
幸せな家庭があります。
愛する夫がいます。
愛する子供達もいます。

アダムが現れ、神を必至で求めた女性が沢山いました。
その中でアダムと出会います。
関係を持ちます。
誰でも、家庭が崩壊するのは分かります。
愛する夫は実は天使長なんです。
夫だけではなく、地球上の全ての男性は天使長だったのです。
天使長との縁を切って、アダムに帰らないといけない原理的理由があるのです。
命がけで偽りの愛を切って、命より大切にしないといけない真の愛を求めなければならないのです。
これが復帰されたエバです。

復帰されたエバと本然のエバと違います。
そのままアダムの妻になることが出来ないのです。
これを本然のエバは復帰されたエバから相続しなければならないことがあります。
それがオモニの大変な歩みとなったのです。
崔元福先生とオモニの歩みなのです。

本然のエバは十代でなければならないのです。
エバが堕落した年齢でなければならないのです。
そして男性を知らない純潔の女性でなければなりません。
その様な理由があったのです。


(引用終わり)

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原理も文氏もおかしい イエスの十字架問題



   やはり、
    原理も文氏も
        おかしい 

          イエスの十字架問題



ここ何回かご紹介しているバラ十字神秘学では、イエスの十字架はイエスの使命の一部だった、との見解を示しています。


カルマの法則に関しての教材にて:
“悪事を行った場合、後に必ず試練が訪れるが、現れた全ての試練が必ずしも否定的なカルマの結果ではない。その実例として、達人イエスは……”
という繋がりで、


「イエスになされた磔の刑は、肉体的にも道徳的にも大きな試練でした。

しかし明らかにこの処刑は、過去の過ちをイエスに気づかせるために科されたものではありません。

そうではなくて、それはイエスの使命の一部であり、彼の公の活動の最終段階となっていたのです」



とあります。

また後々の教材で、高いレベルにまで進歩していたイエスの功績について、保管文書から詳しく考察する機会があるとのことで、楽しみにしています。


それを踏まえると、統一教会(家庭連合)の、
キリストの十字架は失敗。イエスはこの世で生きて結婚すべきだった
という主張は、
1930年代〜朝鮮半島に現れた 新イエス教会とその周辺の神霊集団 に共通する独特の、異端的な(おかしな)考え方を継承したものに過ぎない、と再び確認する次第であります。
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哀しいね。誇大妄想と自己肥大。宗教統一


「こんな魂 ソウル観は?」  の続



言いたいことは、
自分が、誇大妄想・自己肥大だったということ。
それを気付いているということ。
肥大を、シュ〜ンとしぼませていること。
そういうことをやっている、見えない場所は、
精神、魂? 自己意識?
自分のそれをいつも掴んでたいけれど、
頭で考えたり、言葉にしようとすると、
大切なはずのそれはスルリと逃れてしまう。

ほーら、やっぱり見失ってしまった

     *

先回の記事で省略した部分を青地で入れました。


《完全な状態》

この完全な状態は、自己意識と宇宙意識が融合した結果から生じています。この融合が実現した場合、ソウル人格は完全に普遍的ソウルと(宇宙の魂)と同化し、宇宙の叡智の至高の流入を受けることになります。

何世紀のもの間、本会の伝統では、この完全な状態は「バラ十字の状態」と呼ばれてきました。

ヒンズー教徒や仏教徒は、完全なこの状態のことを「涅槃の状態」と呼んでいます。
ブッダは、インドボダイジュの木の下で悟りを得た後に、この「涅槃」の状態あることを実証しました。

ユダヤ人はこの状態のことを「契約(Alliance )の状態」と述べています。
この状態は、シナイ山でモーゼに与えられたものです。

キリスト教徒は、イエスが到達した「キリスト意識」について述べています。

イスラム教徒は、この状態を、「栄光(Glorious)の状態」と呼んでいます。
それはマホメッドがヒラ山(Mount Hira)の洞窟の中にいるときに受け取った啓示から生じました。

このような宗教の創始者以外にも、進歩のある時点で、この状態を実現したり、あるいはこの状態に近づいた幾人もの参入者が存在しています。
列挙してみましょう……(以下略)




もちろん、列挙されている人物の中に、文鮮明(本名:文龍明)さんの名前はありません。(°▽°)

冗談で、“統一教徒は、この状態を「第一祝福完成、心と体の一体化」と言った。”と書きましたが、ではそのあとの説明はどのようになるでしょう。
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こんな 魂 ソウル観は いかがかね〜チリ〜ン(風鈴売り風に


 こんな 魂
   ソウル観は いかがかね〜
      チリ〜ン(涼しげな 風鈴売り風に



統一教会を脱してから、
バグワン・ラジニーシOSHO全集を読み、
プロテスタント信者だった時期が2〜3年、
ニーチェやカミュを熱心に読んだ無神論の時代やら、
ルドルフ・シュタイナーの人智学に夢中になった時期もあり、
宇宙人思想 かたや脳科学‥‥と遍歴し、
統一教会の盲信で 表層的になってしまった我が精神を、
少しずつ ああ 少しずつ 取り戻して来たのか 来ないのか、
その果ての バラ十字神秘哲学 おまえ百までわしゃ九十九まで、
いや おまえ何百、何千年? わたしゃおまえを最後にしたいが、
はてさてどうなることかーー



バラ十字会の神秘学の見解を基にした内容の紹介です。
教本の抜き書きやら何やらは、囲みにて、
私の感想・ツッコミはその下に斜字にしました。

自分の宗教を持っていながら学んでいる人も多いとのことなので、よかったら気楽に読んでみて下さい。


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以前、「この神観いかがですか?」 で、
「<創造主/神>は、擬人化して捉えるべきではない。
それは万物を考案した普遍的知性(宇宙の知性)と見る。
この知性は、宇宙が活動するようにするために、
存在する全てのものにソウル(魂)を吹き込んだ。」

と書きましたが、その続きとして:


《人間のソウル》

人間ひとりひとりは、普遍的ソウル(宇宙のソウル)が個性化(個別化)されたものをもって生まれています。

その人間のソウルは神から発したものですから、必然的に完璧な性質のもので、変わることがない純粋で絶対的な存在です。

ソウルをこれ以上良くしたり、逆に汚したりすることはできず、堕落することなどあり得ません。
ソウルを変えることは不可能なのです。

ですから私たちの目標は、ソウルの聖なる性質をより完成されたものにしたり、完全性を獲得することではありません。

私たちの宇宙的な使命は、ソウルという心の深奥の次元を自覚し、その自覚を、自身の思考、言葉、行動のすべてにはっきりと表現することです。



堕落なし、原罪なし、ということで。
堕落してると言っては縮こまり、完成していないと言っては縮こまることはありません。
完全なもの(ソウル)がすでに私たちの中には存在するので、ひとまず安心・安泰ではないですか。




《普遍的ソウル》

普遍的ソウルは神から発したもので、本質としては完全な存在ですが、自体に内在しているこの完全さを自覚していません。

別の言い方をするならば、普遍的ソウルは自体の能力がどの程度であるかを知らず、その秘められた知恵に気づいていないのです。

普遍的ソウルが、物質である生物の体に宿り、世界中に生息しているあらゆる生き物に命を与えることによって目指しているのは、特に、自体の完全さに気づくことであり、その後に、自体が発した源である<創造主/神>の中に統合されることです。



人間界にもある、最初から恵まれていると、そのありがたさが分からない、ということ‥‥ 分かるような気がしますね。

統一教会(家庭連合)では、「神は万能で自存するが、1人では愛を感じることができなかったので、愛の対象となる万物世界を創造せざるを得なかった」とか、
最初から完璧ゆえにこれだけは感じることができなかったという、パターンとしては似たようなニュアンスのことを言っていたな。う〜ん‥‥


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