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2020年03月の記事 (1/2)

万能キリストフィルター(ドラエモンの声で)/番外編2.5_3


『龍明の霊の祖父、黄クッジュ そのハンパないナリキリっぷり』からの続き


     龍明の霊の祖父、
        黄クッジュ、
           その30年の先進っぷり





 しかし黄の説教や祈祷は圧倒的で、その雄弁な口調は多くの人を夢中にさせた。

 実の父親のファン長老でさえ、息子クッジュの前に跪き「主よ」と呼びかける始末だった。

 クッジュは自分の中にイエスがいると主張しながら、新エルサレムに入城すると称して、間島から平壌、その後ソウルを目指し、徒歩で巡礼の旅を続けた。

 彼のまわりには、父親や姉妹たち、家庭を捨てて出て来た主婦や娘たちを含む群衆が取り巻き、道中を付き従っていた。


 新しいイエスがやって来る!との噂が広まった途中の町や村々から、一行を一目見ようと見物人がドッと押し寄せ、群衆は膨れ上がった。

 群れをなしてうろつき回る数十人もの既婚婦人や若い男女の一群。
 彼らは自由気ままに食っちゃ寝して、同行の旅を続けた。
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文氏の霊の祖父・黄国柱(ファン・クッジュ)/番外編2.5_2




   龍明の霊の祖父、黄クッジュ
       そのハンパないナリキリっぷり




 龍明は “南から来た神霊なる聖書の先生” という触れ込みで、平壌のナの実家に留まった。

 そして例のエホバの妻・神の夫人を探し始めた。教会に関係する人々にそれとなく聞いたところ、程なくそれらしき人物がいることが分かった。

 女は名を丁徳恩といい、やはりイエス教会に関係して、黄クッジュ(黄国柱)の弟子だということだ。


 黄クッジュといえば、イエス教会のイヨンド牧師と同時期に活動し、世を騒がせた異色の宗教家で、朝鮮における血分け性儀式の祖とも言われる。

 後々、ある神学博士論文で、“文ノ龍明の血分けの系譜を遡れば、丁徳恩と黄クッジュ師に辿り着く” と発表されることになった。

 つまり、龍明は丁徳恩とめでたく性儀式を行い、彼女から清い血を分けてもらったが、その丁徳恩は師の黄クッジュから血を分けてもらっていたというわけだ。

 “血分け” はまたの名を “霊体交換” とも言い、性儀式と同時に自分の霊体(魂)が清い霊体と入れ替わるとされているので、黄クッジュはさしづめ龍明の霊の祖父にあたる。

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文氏のガールフレンド:当事者証言

 

「龍明小説2」で何度も参考サイトとして挙げた英文記事の日本語訳(一部)です。


内容はだいぶ小説のネタとして使わせていただきましたが、豪直球情報や、現役さんが「まさかぁ」とショックに思うはずの内容も残っているので、ここに翻訳しておきます。


一般に、当事者や関係者が話を盛って証言することもあるでしょうが、さてこれはどうか。

朴サムエル氏やその母などによる、文氏の血分け華やかなりし50年代のハナシなどを思い起こすと、この朴ウルリョン女史の証言は大方合っているのではないかと思ますが・・・・


 みなさん、自己責任で、判断してください。




 <翻訳はじめ(敬称略)>

Moon had a girlfriend in 1941
https://tragedyofthesixmarys.com/moon-had-a-girlfriend-in-1941/

文鮮明には少なくても41年にガールフレンドがいた。彼女が文を金百文に紹介した。

文はソウルの 明水台イエス教会時代に、ガールフレンドがいた。
名を朴雲女(パク・ウルリョン)といい、彼女は写真の中の自分自身を特定して、自らの手で×印を書いてくれた。
この写真は、下の写真の一部を拡大したもの。

キャプチャ1

キャプチャ2
▲ 文は最前列の左から3番目に写っている。


朴ウルリョンは1990年代初頭のインタビューで、文鮮明と一緒にいた時期のことについて語ってくれた。

1941年2月27日のイエス教会卒業時の集合写真を見た時、彼女は明らかに引寄せられ、記憶が流れ出て来るようだった。
何か隠されたものが表に出てくるような感じがあった。

焼き増し写真をあげますよと言ったら、彼女は喜んだ。
その時彼女は70代で、ソウルで貧しく暮らしていた。

1941年にイエス教会を卒業してから1ヵ月後、彼女と文鮮明は留学のために一緒に日本へ渡った。
彼らは3月31日に釜山から同じ船に乗り込み、翌日日本に着いた。
彼女は日本語を学ぶために東京に行ったので、とても流ちょうに日本語をしゃべる。

ソウルのイエス教会で一緒にいた時も、東京で2人が学生をしていた時も、文は典型的な学生だった、と朴は語った。
彼は人より多く勉強するわけでもなく、際立って多く祈祷するわけでもなかった。
彼は、喫茶店などへ行って、1941-1943当時、日本に普通にいたような学生の生活を送っていた。

文はメシアであることについて一度もしゃべらなかったし、同様にイエスと何か特別な体験をしたことも一切言わなかった。神についても多く語らなかった。
(山口浩も、文のソウル時代の同級生に取材し、当時文は宗教的ではなかったことが分かったと述べている。「原理運動の素顔」P134)

(略)

文は日本滞在時、朝鮮の民族運動または他の何かで警察に逮捕されたことは一度もない、と朴ウルリョンは言った。(下の渡辺氏の記録もみて下さい。文が拘束されたと語った場所に警察署がなかったことを調査確認。*日本語訳では省略)

(略)

朴は文と一緒に日本を去ったのではなかったらしい。
彼女は韓国へ帰った後、ソウルの金百文のメシアグループ、イスラエル修道院に入った。

1945年の秋、文に金百文を紹介したのは朴ウルリョンだった。その頃、文の妻の崔ソンギルは妊娠しており、翌年4月2日に文聖進が生まれた。
朴ウルリョンが文と会ったのは1946年が最後だった。


1990年代も朴ウルリョンは、金百文が待望のメシアであるとまだ確信していた。

インタビューの時、彼女は使い込んで手あかのついた聖書を取り出して、後に文が我こそ再臨主であると証明するために用いた箇所と全くすべて同じ箇所の聖句を引用して、金が来たるべき再臨主であることを説明した。

明らかに文は、金から考え方の多くを手に入れたと見える。

金百文は1917年生まれで、歴史の同時性を開発したのは彼だった。それによって、ルターの宗教改革(1517)の400年後に生まれた金がメシアだと証明したのだ。(文は1920年生まれ

キャプチャ5
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踏んばる北のクリスチャンvsソ連共産党/番外編2.5_1


「日本の総督府が撤退してからの朝鮮半島は、戦勝国の連合軍が入り、南半分がアメリカ軍、北半分がソビエト連邦軍による分割占領統治が行われていた」
   『銀よ、俺を嫌うな。平壌への道/龍明小説2-15』より


ーー1946年の平壌はまだ、朝鮮キリスト教のダイナミックな中心地だった。教会が至るところにあり、クリスチャンたちから “東洋のエルサレム” と呼ばれていた。
 だが壁には「ソビエト傀儡当局がクリスチャンパワーをバラバラにし始めたぞ!」と落書きがしてあった。
    『文鮮明 初期の伝記1920-53』マイケル・ブリーンより



踏んばる北のクリスチャンvs ソ連共産党



 1945年の終戦当時、朝鮮半島北部のクリスチャン人口は、プロテスタントが30万人、カトリックが5万人、合わせて約35万人になった。
(当時の北部の総人口925万人の約4%弱にあたる)

 彼らは特に平壌では大きな影響力を持っていた。皮肉なことに共産主義者の数は北部より南部の方に多かったという。


 北の当局は当初、抗日独立運動の要として、共産主義者よりも役に立ったクリスチャンたちに謝意を示し、比較的緩やかに扱うきらいがあった。

 が、程なく状況が変わってきた。長老派牧師2名が中心になって、政党「キリスト教社会民主党」が組織されるに及んで、当局は危機感を抱いた。

 キリスト教社会民主党は、朝鮮全土における初の政党で、キリスト教の理念に基づく社会改革と民主主義を是とした。その基盤は各地域教会が拠点となって、強固に組織されつつあった。


 北のソ連当局は危機感を募らせ、地域の無学な農民や労働者を買収し、政党組織委員会開催中の教会を襲撃させた。唆された暴民は、教会や家屋を破壊、死者1名と負傷者を出した。

 これに、ほとんどがクリスチャンだった地域の高校生たちが怒って地域民と衝突し、銃撃戦になり、死者23名、多くの負傷者、逮捕者を出すに至った。

 クリスチャンらは五千人規模のデモを行なって当局に抗議した。

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物悲しい心象風景を見据えよ・二巻の終わり/龍明小説2-19


『龍明小説2-18』からの続き




  龍明小説2-19
 



 龍明が家を出て、1週間が経ち、10日が過ぎ、ゆうに半月を越した。

 待てど暮らせど帰らない夫。
 ーー2週間で帰ると言ったのに‥

 不安を募らせたサンキルは、彼を探しに行こうと赤ん坊をおぶって何度も北行きの列車に乗ったが、いつも国境で止められてしまった。

 ついには当局に疑われ、38°線で赤ん坊を連れたまま1週間拘束される事態まで起こり、越境は諦めざるを得なかった。


 しばらくは夫が勤めていた会社から給料が出ていたが、それも3ヶ月で止まった。

 実家の崔家からは龍明憎しで何の援助もなかった。

 生活苦に陥ったサンキルは、市場の果物売場などで働いて幼い息子を育てるしかなかった。

 彼女が再び夫の姿を見るのはそれから6年後のことになるが、それは幸福な再会とはならなかった。



 朴ウリョンは、その日以来一度も龍明に会っていない。46年に彼を見たのが最後となった。

 彼女はその後もずっと銀白文を慕い、その教団に属していた。


 銀白文は3冊の著書を完成させ、新約聖書の黙示録にある子羊の婚宴(キリストと処女の結婚式)を挙げて、地味な信仰生活を全うした。

 銀が1990年に73歳で逝去した後も、ウリョンは来たるべきメシア銀師を信じ続け、再び銀白文キリストが戻って来るのを切に待ち望んでいる。

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へびの知恵で平壌に居座る/龍明小説2-18


『龍明小説2-17』からの続き



   龍明小説2-18




 体験から学んで、龍明は計画を練った。

 ーーキリスト教の信仰を中心として救国救世の熱意を匂わせながら、最初はうんと下手(したで)に出て侍り、時を待つのだ。

 しもべのように洗濯でも何でもしてやるさ。
 イエス・キリストだって、弟子たちの前に跪いて彼らの足を洗ったというではないか。

 それで相手が態度を軟化させ隙を見せたら、その時はグッと踏み込んで、ガッとアプローチする。

 エホバの妻から体礼の儀式を勝ち取ったら、霊体交換で神の霊が入りメシア誕生となる。

 エホバの夫人は俺にメシアの権能を認め、再臨の主として証し、俺に侍らなければならない。

 うん、それでいこう。これが天の復帰のプログラムだ。
 龍明はやっといつものように短く深い眠りに入っていった。



 1946年6月5日、銀牧師が北行きの列車に乗る予定の日、龍明はリュックサックにいくらかの荷物をつめて、米を買いに北朝鮮に行くと妻サンキルに告げた。

「心配するなよ、2週間ほど留守にするだけだから」
と彼は言った。
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神の命令ナシ!?食い違う平壌行き証言


『銀のやつ 偽善者め。孤独寂寞の道/龍明小説2-17』の参考サイトの注と考察・雑感記事です。


<龍明小説2-17の参考サイト>
「ちゃぬの裏韓国日記」 
(1)人に指図されると消化不良を起こす、御言葉行方不明

たしか在韓の韓日祝福の日本人女性たちに向けた雑談で、
「どうです、韓国人の男は主体性が強くて、みなさん大変でしょう? 私なんかも韓国男の典型で、誰かに命令なんかされると消化不良を起こしてしまいます(会場わらい」

こんな感じのおしゃべりを含む御言葉をちゃぬさんがいつぞや韓国語から訳していたはずですが、たぶん主テーマと関係ない雑談御言葉なので、検索しても行方知れずです。
大したことではありませんが。



(2)思い通りにならない状況が重なり行くしかなくなって北に行った(=啓示によってではなく)、御言葉行方不明

これも主テーマからずれた雑談の一種だったのでしょう。
うる覚えですが、意味としては、
「イスラエル修道院からも追われ、義実家からも支援を断られ、妻も無理解、その頃はもう北へ行くしかない、言うにいわれぬ状況があったのですよ。みなさん、知らないでしょう・・・ですから北へ行く背後にはそういう事情があったのです」

こんな感じで、その場にいる気のおけない韓国人信者たちに向けて、説教の最後の時間に本音の吐露という雰囲気でしょうか。「ちゃぬの裏韓国日記」の数年以上もっと前の記事です。



食い違う証言
家庭連合/統一教会の修練会などでは、「文先生はコメを買いに行く途中、啓示で神から命令を受け、そのまま北朝鮮へ行った(1946年)」と講義され、教会内でもそう言い伝えられていました。

しかし「文鮮明 初期の伝記 マイケル・ブリーン著」の中で関係者の証言は、全く別の面を見せてくれます。

和訳:
金百文が北行きの列車に乗る予定の6月5日に、文はリュックサックに荷物を詰めて、妻に、米を買いに北朝鮮へ行くつもりだと告げた。15日ほど留守にすると言った。
彼は、金百文が女性修道者のナ・チェソプ他2、3名と共に出発しようと準備していた場所ムンサンまで旅をした。
彼らは列車で開城まで行った。そしてそこから (以下略


詳しくは次の龍明小説で書くことになりますが、
証言では、龍明が(半ば強引に?)金百文一行と合流、同行して平壌まで行き、同行者の実家に居候したことが読み取れるのです。

神の命令を受ける時間的余裕はなさそうですけど。
金百文一行が出発する日に偶然龍明も出発し、途中で神の命令を受け、急遽ムンサンに行き、偶然そこで合流するなどありえないでしょう。

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腑に落ちる事情。予備血分け?


『銀よ俺を嫌うな。平壌への道/龍明小説2-15』と 
『曇ってない 銀院長は知っていた/龍明小説2-16』
の参考サイトの和訳と注、雑感記事です。

皆さまは英語を読めるだろうから和訳も別に必要ないかと思ったのですが、<和訳予定>と書いてしまったので載せておきます。


<龍明小説2-15、16の参考サイト>
(1)https://www.tparents.org/Library/Unification/Books/Sm-Early/Chap05.htm
『文鮮明 初期の時代1920-53』 マイケル・ブリーン著 (1997年出版 邦訳なし tparents.orgのサイトに全文アップされている)

親韓ジャーナリストでもある著者が統一教会信者(シンパ?)だった頃に著した文鮮明初期の伝記です。

家庭連合寄りの作で、半分以上は大本営の情報から成り立っていますが、当時の関係者に取材インタビューして書いた部分は大本営発表の枠にはまらない内容もあり、レアで興味深い内容となっています。

祝福も受けた、けど離婚。元信者になり再婚。けどやっぱり理想主義的過ぎて破綻離婚。再再婚して今ココ3度目、現実を受け入れやっと世界の幸世〜っ どんだけ~~ッ という求道者ジャーナリストのマイケルさんでしたー。

原文: [70]Kim's group recalls that their leader asked Moon to leave. Whether this was actually the case and why, is not clear. Whatever the cause, Moon realized after a few months that he would not be able to work with Kim's group.27 He would have to continue alone.

和訳:P70 
金百文の弟子グループは、彼らの師が文に去ってくれるよう頼んだことを思い出します。
これは実際はどうだったのか、そしてその理由は何だったのか、明らかではありません。
原因が何であれ、文は、数か月後に、金の教団でやっていくことができないと悟りました。
自分は単独でやっていかなければならないだろうと。


原文:In June 1946, Kim was planning to take some followers to north Korea for a revival meeting in Pyongyang. He did not want Moon to go along with him. "It is getting more difficult to travel north," he said. "Perhaps you should stay here. It may be dangerous."29 Moon decided to go anyway.

和訳: 
1946年6月に金は平壌で伝道集会をするために、信者を何人か朝鮮北部へ連れて行こうと計画していました。
彼は、文が同行することを望みませんでした。
「北へ旅行するのはますます困難になっています」と彼は言いました。
「あなたはたぶんここにとどまるべきです。危険があるかもしれません」
文は、とにかく行くと決めました。


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銀のやつ偽善者め。孤独寂寞の道/龍明小説2-17


『龍明小説2-16』からの続き


   龍明小説2-17




 龍明は憤然と院長室を出て来た。

(チェッ 偉そうに調子いいことこきやがって 銀のやつ 偽善者め 
 こちとら既成教会がよけりゃ とっくにそっちに行っとるわ

 なんだと? 改革が必要なのは既成教会の方じゃないか
 むしろお前が行け ヨッ ぺっぺ

 なにが原理だ 原則だ あー ブルっときた 気色わるッ
 コンチクショ〜〜〜ッ)
 心の中で声が裏返った。

 その夜は何度もトイレに駆け込んだ。

 人に上に立たれ指図されるのが大っ嫌いな性分で、なにか偉そうなことなど言われた日には体がそれを受け付けず、消化不良を起こして腹が下ってしまう体質だ。
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曇ってない 銀院長は知っていた!/龍明小説2-16

『龍明小説2-15』からの続き


   龍明小説2-16




「それに、」
 銀は言いかけて口よどんだ。

 修道生の中にごく少数だが龍明の子分のような存在ができて、それが他の者たちと修道生活で齟齬をきたしているとの報告を受けている。

 また女性修道者か信者の誰かと性的関係を持っているらしいとの疑念や苦情も持ち込まれていた。

 正直この青年にはこれ以上深入りして欲しくないという気持ちだった。

「まあ、きみのエネルギーには感服するが、平壌の件はそういうことにしてくれたまえ」

 銀はそれだけ言うと話を終わりにしたい様子を見せた。

 啓示の際に現れたイエス様の前で約束した、成約時代の新しい神学体系の執筆に着手していた彼は、霊的探究と瞑想、祈祷に集中してそれ以外の雑音には惑わされたくないのだろう。
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銀よ、俺を嫌うな。平壌への道/龍明小説2-15

『龍明小説2-14』からの続き




  龍明小説2-15




 それからしばらく経った頃、やはり女修道者たちの井戸端会議で、銀牧師が一緒に平壌へ行く人を選抜しているとかいう話が出た。

(ナニ平壌だと?)

 龍明はもっと詳しく知りたかったが、いつものように木蔭で盗み聞きしている身。ノコノコ出て行って質問でもした日にはどんな目に合うか分かったものではない。


 ほどなく集会時の連絡事項で詳細が分かった。

 銀牧師は来月平壌で系列グループの会合と伝道集会を開く予定とのこと。
 以南からの参加者候補としてめぼしい信者に声掛けして調整中だが、それ以外でも参加を希望する者がいれば、後で個人的に申し出てほしい、ということだった。


 その節、平壌へ行くには、北緯38度の境界線を北へ超えていかなくてはならない。

 日本の総督府が撤退してからの朝鮮半島は、戦勝国の連合軍が入り、南半分がアメリカ軍、北半分がソビエト連邦軍による分割占領統治が行われていた。
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魔物、ついてる?

白装束さんの ポツンと一件や〜コメントをきっかけにして、思うところを書かせていただきます。


白装束さんのコメント1
>金百文が洗礼者ヨハネ的立場にその時はなってたよね


文氏(統一教会・統一原理)の観点、言い分ではそうなっていました。
その言い分を詳しく、分かりやすく言うとこうなるでしょう。

<新約聖書の福音書に出てくる洗礼者ヨハネは、イエス・キリストを一時的には証したが、その後自分の信者を引き連れてイエスに付き従いイエスと一体化して主の歩みを支えるべきだったが、そうしなかったので、使命に失敗した。
 金百文もイエス当時の洗礼者ヨハネと同じ使命を持った立場だった。金百文が文鮮明を再臨のキリストとして証し、自分の基盤を全て捧げて文氏を保護し支え一体化すれば、イスラエル修道院から国家に通じ、韓国からアメリカ、アメリカから全世界へと文鮮明再臨主を受け入れる基盤が広がり、全世界が天国になっていったはずだ。
しかし、金百文はそうせず、文鮮明再臨主を証す使命に失敗したので、その時の摂理は成就しなかった。>


白装束のポツンと一件や〜コメント2
>金百文の失敗により、男の洗礼者ヨハネから女の洗礼ヨハネに代わるよね

暗在がノリつっこみで、
「そうそう、それで結局、女洗礼ヨハネも失敗しちゃって、神の審判が下ってそのおばあさん基地外になっちゃうんだよね〜 ‥‥‥っって、そんなこと書くかー!!!」と返信したように、
人に勝手に使命を押し付け誰々が使命に失敗したのでこうなったとか、誰々が再臨主に屈服せずに失敗したので審判を受けたなどの、人に責任をおっかぶせるような統一教会の観点、摂理史観の数々は、ダルマ落としのようにパンパンパンッと全部払い落として最後に残ったダルマさんという結果から構築されたものを書きたい、命を与えられて生まれてきた1人の人間のいのちのきらめきを‥‥って、マジメかッ、ですが、実際物は別として気持ちはとしてはまあそんなところです。


だがしかし。今までは龍明個人路程でしたから素朴な人間的観点からでもなんとかなったのですが、今後はほどなく、なんてったって教祖路程ですから、ただの丸腰の人間というわけにはいかないでしょう。私の観点もバージョンアップしなくてはならないでしょう。資料再確認などの負荷も掛かり更新頻度も減ることでしょう。


文氏(統一教会・統一原理)の観点、言い分から見ている人は、なんだコレ状態となっているでしょう。
ブログ村現役の人らは気にはしてるがほとんど分かっていないようだと、かなり早いうちから米本さんが分析していましたが、残念ですが、といおうか、当然ですがといおうか、その通りなのでしょう。

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